者たる境遇を、勝ち誇るような気持がした。
 そうこうするうちに、七月は進んだ。ワルシャワの左翼を擁護しているルブリンの要塞が危険だという報道が伝わった。さすがに、その頃からワルシャワの街には、負傷兵がみち溢れた。負傷兵を載せた無蓋の馬車が、ワルシャワの大通りに続いていた。その中でも、毒ガスにやられた病兵がことに多かった。彼らは紫がかった顔色をして、頻《しき》りに咳をした。
 ドイツのタウベ飛行機が、夏の空高く、黒い十字を描いた翼を閃《きらめか》しながら、ワルシャワの街の上を飛び回ることがあった。が、ワルシャワの貴婦人たちはパラソルを傾《かし》げながら、また平然と空を仰ぎ見た。夜は芝居も活動写真《キネマ》も、あいかわらず興行を続けていた。むろんイワノウィッチとリザベッタの会合も続いていたのであった。
 ところが七月の終りに近づいた頃、イワノウィッチはある日、連隊副官のダシコフから呼びつけられたのである。
 彼は、その後もダシコフ大尉と二、三度会ったことがある。そのたびに、この一等大尉は妙な苦笑いを頬に浮べているのを常とした。
 この日、ダシコフ大尉はイワノウィッチの顔を見ると、いつものよ
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