卑怯である。帰参のときに、一旦、僧形になったいい訳が立つわけではない。
彼は、ともすればみだれ立とうとする心を、じっと抑えた。老僧が、薪束を右の肩に担いでいるために、右の顎が隠されているのこそ幸いである。彼は、その右の顎を見まいと思った。ちょうどその時に彼は広い道へ出た。彼は老僧の方を振り向きもしないで、一目散に駆け抜けた。
が、天道は皮肉に働いた。昼時の行斎《ぎょうさい》が終って、再び薪作務が始まったときである。彼は、燃え上ろうとする妄念の炎を制しながら、薪束を作っていた。彼は不足している薪を集めようとして、周囲を見回した。四、五間かなたに生えている榧《かや》の木の向うに、伐られたその枝が、うず高く積まれているのを見出した。榧の木の下を潜って、彼が向う側へ出た時である。今までは、心づかなかったその木陰に、昼前の老僧が俯向きながら薪を束ねている。と思った刹那、老僧は彼の足音をきいて半身を上げた。彼は、嫌でもその顎を見ずにはいられなかった。傷が古いために色こそ褪せていたが、右の口元から顎にかけて、かすった太刀先がありありと残っている。
「おのれ!」
彼は、口元まで、そんな言葉が出か
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