仇討三態
菊池寛
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)越《こし》の御山《みやま》永平寺
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)雪|作務《さむ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おとよ[#「おとよ」に傍点]
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その一
越《こし》の御山《みやま》永平寺にも、爽やかな初夏が来た。
冬の間、日毎《ひごと》日毎の雪|作務《さむ》に雲水たちを苦しめた雪も、深い谷間からさえ、その跡を絶ってしまった。
十幾棟の大伽藍を囲んで、矗々《ちくちく》と天を摩している老杉《ろうさん》に交って、栃《とち》や欅《けやき》が薄緑の水々しい芽を吹き始めた。
山桜は、散り果ててしまったが、野生の藤が、木々の下枝《しずえ》にからみながら、ほのかな紫の花房をゆたかに垂れている。
惟念《ゆいねん》にも、僧堂の生活がようやく慣れてきた。乍入《さにゅう》当時の座禅や作務の苦しさが今では夢のように淡く薄れてしまった。暁天の座禅に、とろとろと眠って、巡香の驚策《きょうさく》を受くることも数少なくなった。正丑《しょううし》の刻の
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