といい置いて、三日前に出発したことを知った。彼の落胆ははなはだしかった。彼は、油で煮られるようないらいらしさで兄の帰宿を七日の間空しく待ち明かした。それでも、兄の忠次郎は、八日目に飄然として帰って来た。
 兄は、弟から敵発見の知らせをきくと、涙をこぼして嬉しがった。兄弟は、その夜のうちに大坂を立って、翌朝未明に京へ入った。
 が、翌朝、弟が敵の家の様子を探るため、その家の前を通ったとき、意外にも、忌中の札が半ば閉ざされた門の扉に、貼られてあるのを見た。弟は愕然とした。彼はあわてふためきながら、隣家について、死者の何人《なんびと》であるかをきいた。死んだ者は、紛れもなく和田直之進であった。
 弟は、最初それを容易には信ずることができなかった。自分たちに発見されたのを気づいたために、自分たちを欺こうとする敵の謀計《はかりごと》ではないかと思った。が、弔問の客の顔にも、近隣の人々の振舞にも、死者を悼む心がありありと動いていた。直之進の死を疑う余地は、少しも残っていなかった。
 兄弟は、その夜三条小橋の宿屋で、相擁して慟哭《どうこく》した。短気でわがままな兄は、弟が見つけたときに、なぜ即座に打
前へ 次へ
全36ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング