き上がった薪束を、痩せた肩に担ぎ上げて、歩みさろうとする老僧を呼び止めた。
「何御用!」
彼は、敵の言葉を初めて耳にしたのである。また、心が乱れようとするのを抑えた。
「貴僧にききたいことがある」
「なんじゃ」
老僧は落ち着きかえっている。
「余の儀でない。貴僧はもと雲州松江の藩中にて、鳥飼八太夫とは申されなかったか」
僧の顔色は動いた。が、言葉は爽やかであった。
「お言葉の通りじゃ」
「しからば重ねて尋ね申す。貴僧は松江におわした時、同家の山村武兵衛を打った覚えがござろうな」
さすがに老僧の顔色は変った。が、言葉はなお神妙であった。
「なかなか。して、其許《そこもと》は何人《なんびと》におわすのじゃ」
老僧は、かなり急《せ》き込んだ。
惟念は、努めて微笑さえ浮べながらいった。
「愚僧は、今申した山村武兵衛の倅、同苗武太郎と申したものじゃ。御身を敵と付け狙って、日本国中を遍歴いたすこと十余年に及んだが、武運拙くして会わざること是非なしと諦め、かような姿になり申したのじゃ」
老僧は老眼をしばたたいた。
「近頃神妙に存ずる。愚僧は、今申した通りの者じゃ。御自分の父を打って松江
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