表を立ち退き、その後諸国にて身上を稼ぎ申したが、人を殺した報《むく》いは覿面《てきめん》じゃ。いずこにても有付《ありつ》く方《かた》なく、是非なく出家いたしたのじゃ。ここで御身に巡り合うのは、天運の定まるところじゃ。僧形なれども子細はござらぬ。存分にお討ちなされい」
老僧の言葉は晴々しかった。
惟念は淋しい微笑を浮べた。
「討つ討たるるは在俗の折のことじゃ。互いに出家|沙門《しゃもん》の身になって、今更なんの意趣が残り申そうぞ。ただ御身に隔意なきようにと、かくは打ち明け申したのじゃ。敵を討つ所存は毛頭ござらぬわ」
老僧は折り返していった。
「いやいや、さようではござらぬぞ。ここは、御自分よくよく覚悟あるべきところじゃ。われらは、身上の有付きなきための、是非なき出家じゃ。御自分は違う。われらを討ち申されて帰参なさるれば、本領安堵は疑いないところじゃ。その上、我らを許して安居《あんご》を続けられようとも、現在親の敵を眼前に置いては、所詮は悟道の妨げじゃ。妄執の源じゃ。心事の了畢《りょうひつ》などは思いも及ばぬことじゃ。在俗の折ならば、なかなか討たれ申すわれらではないが、かようの姿なれ
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