直に頷いた。
「さようか。それは少しお心得違いではないだろうか。今、封建の制が廃《すた》れ、士族の廃刀令も近々御発布になろうという御時世になって、剣術の稽古をして、なんとなされるのじゃ。それよりも、新しい御世に身を立てられるために、文明開化の学問をなぜなさらぬのじゃ。福沢先生の塾へでもお通いなされては、どうじゃ」
 万之助は、しばらくうつむいて黙っていたが、やがて、
「お兄様には、まだ申し上げませんでしたが、子細あって、剣法の稽古をいたしておりまする」
「子細とはなんじゃ」
「万之助は、敵討がしたいのでございます」
「えっ!」新一郎は、ぎくっとして、思わず声が高くなった。
「父頼母を殺された無念は、どうしても諦めることができません」
「……」
 新一郎は、腸《はらわた》を抉《えぐ》られるような思いがして、口が利けなかった。
「私は、父が側《わき》腹を刺され、首を半分斬り落されて倒れている姿を見ました時、たとい一命は捨てても、敵に一太刀報いたいと決心したのでございます。が、御維新になりまして、敵討などももう駄目かと諦めておりましたところ、明治三年に御発布になりました新律綱領によりますと、
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