父祖殺された場合は、敵を討ちましても、あらかじめ官に申告しておけば罪にならぬという一条がございますので、ほっと安堵するとともに、復讐の志をいよいよ固めたのでございます。その上、同年、神田筋違橋での住谷兄弟仇討の噂が、高松へもきこえて参りましたので、矢も楯もたまらず、上京して参ったのでござりまする」
新一郎は、襟元が寒々としてくるのを感じながら、さり気なくきいた。
「敵は分かっているのか」
「分かっております。父が殺された翌日出奔した小泉、山田、吉川など五人に相違ござりませぬ」
「しかし、あの中でも、三人までは死んだが……」
「山田と吉川とが生き残っておりますのは、天が私の志を憫んでいるのだと思います」
新一郎は、自分の顔が蒼白になっているのを感じると、万之助に、正面から見られるのが嫌だった。
「そのうち、誰が下手人か、分かっているか」
「分かっておりません。お兄様は、あの連中とは御交際があったとのことでござりまするが、お兄様にはくわしいことは分かっておりませんか」
新一郎は、どきんと胸に堪《こた》えながら、
「いや、わしにも分からぬが……」
「誰が、直接手を下したかは、問題ではご
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