ゃんと女房にしてやったらどうだ」
「はあ……」
「はあじゃ、いけない。はっきり返事をしてもらいたい。お八重殿も、もう二十三だというではないか。女は、年を取るのが早い。貴公はいくら法律をやっているからといって、人情を忘れたわけではあるまい。昨日も、ちょっとお殿様に申し上げたら、それは是非まとめてやれとの御意であった。昔なら、退引《のっぴき》ならぬお声がかりの婚礼だぞ。どうだ、天野氏!」
 新一郎は、返事に窮した。お八重いとしさの思いは、胸にいっぱいである。しかし、もし婚礼した後で、自分が父の敵ということが知れたら、それこそ地獄の結婚になってしまうのだ。こここそ、男子として、踏んばらねばならぬ所だと思ったので、
「御配慮ありがとうございます。あの姉弟のことは、拙者も肉親同様、不憫に思うております。されば家に引き取り、どこまでも世話をいたすつもりでございます。しかし、お八重殿と婚礼のことは、今しばらく御猶予を願いたいのでござりまする」
「頑固だな。権妻《ごんさい》でもあるのか」
「いいえ、そんなことは、ございません」
「それなら、何の差し支えもないわけではないか」
「ちと、思う子細がございま
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