、座蒲団を、自分の身近に引き寄せた。
お八重が、襖の陰から上半身を出して、お辞儀をした。お八重が顔を上げるのが、新一郎には待ち遠しかった。
細く通った鼻筋、地蔵型の眉、うるみを持ったやさしい目、昔通りの弱々とした美しさであったが、どこかに痛々しいやつれが現れていて、新一郎の心を悲しませた。
姉弟は、なかなか近寄ろうとはしなかった。
「さあ。どうぞ、こっちへ。そこでは話ができん。さあ、さあ」
自分が敵であるという恐怖は薄れ、懐かしさ親しさのみが、新一郎の心に溢れていた。
「貴君方の噂も、時々上京して来る国の人たちからもきき、陰ながら案じていたが、御両人とも御無事で、何より重畳じゃ」
「お兄さまも、御壮健で、立派に御出世遊ばして、おめでとうございます」
昔通り、お兄様と呼ばれて、新一郎は涙ぐましい思いがした。
「今度は、いつ上京なされた?」
「昨日参りました」
「蒸汽船でか」
「はあ。神戸から乗りまして」
「それは、お疲れであろう。お八重殿は、一段と難儀されたであろう」
初めて新一郎に言葉をかけられ、お八重は顔を赤らめて、さしうつむいた。
「只今は、どこに御滞在か」
「蘆沢様に
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