の旧藩主の邸へ久しぶりに御機嫌伺いに行くと、そこで伊織と偶然会った。
「やあ、しばらく」
「おう、蘆沢の伯父さんですか」新一郎は、なつかしかった。
「高松藩士で、新政府に仕えている者は、非常に少ない。貴公などは、その少ないうちの一人じゃ。大いに頑張って、末は参議になってもらいたい」と、伊織はいった。
「いや、そうはいきません。やはり、薩長の天下ですよ。薩長でなければ、人ではありませんよ」と、新一郎は、薩長の権力が動かすべからざるものであることを痛嘆した。
「そうかな。そういえば、高松などは立ち遅れであったからな。しかし、会津のように朝敵になりきってしまわなくてよかった。貴公たちの力で、早く朝廷へ帰順したのは、何よりであった。お国の連中も、今では貴公たちの功績を認めておるぞ」
「そうですか。それは、どうもありがとう」
 その時、伊織はふと思いついたように、話題を変えた。
「貴公は、成田の娘を知っておるのう」
「知っています」新一郎は、何気なくいったが、頬に血が上ったのを、自分でも気がついた。
「貴公の許嫁であったというが、本当か」
「ははははは。そんな話は、古いことですから、よしましょう
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