、物音人声などが外へきこえる家が多かった。
六人は、銘々黒布をもって、覆面をした。成田邸は、淋しい馬責場《うませめば》を前に控えた五番町にあった。
新一郎は、一度は二番町の自邸に帰り、家人たちには、寝たと見せかけて、子少し前に、わが家の塀を乗り越えて、馬責場へ急いだ。
正子の刻には、六人とも集った。
「天野氏、近頃心苦しいことではござるが、成田邸への御案内は、貴殿にお願い申す」と、山田がいった。
「承知|仕《つかまつ》った」
新一郎の顔が、蒼白になっていることは、月のない闇なので、誰も気がつかなかった。
成田邸の裏手の塀に、縄梯子がかかった。
新一郎は、一番に邸内へ入った。
泉水の向うの十二畳が頼母の居間、その次の八畳を隔てて向うに、お八重殿の居間がある。どうか起きて来てくれるなと、心に祈った。
たとい、覆面していても、お八重殿や万之助には、姿を見られたくないと思った。
雨戸を叩き破る手筈で、かけや[#「かけや」に傍点]を用意してきたが、しかしそれでは邸内の人々を皆目覚してしまうことになるので、他に侵入口を探すことになった。
「天野氏、どこか破りやすい所は、ござるまい
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