新一郎を討手にするつもりはなかったらしく、小泉は、
「いや、天野氏、貴殿はお控えなされたがよい。貴殿を、左様な苦しい立場に置くことは、我々の本意ではない」と、おだやかにいった。
「いや」新一郎は、わずかに膝を乗り出しながら、「貴殿方の御好意はよく分かっている。そのお心なればこそ、拙者に中座せよといわれたのであろう。しかし、先ほども申した通り、私事は私事、公事は公事。この場合左様な御|斟酌《しんしゃく》は、一切御無用に願いたい」と、はっきりいい切った。
「しかし、天野氏、貴殿は成田殿御息女とは、すでに御|結納《ゆいのう》が……」と、小泉がいいかけると、新一郎は憤然として、
「天下大変の場合、左様な私情に拘《こだわ》っておられましょうや。無用な御心配じゃ!」と、喝破した。
 皆はだまった。そして、新一郎の意気に打たれて、凛然と奮い立った。

          三

 しかし、天野新一郎の心事は、口でいうほど思い切ったものではなかった。尊王の志は、人並以上に旺んではあったが、しかし彼は、成田一家とは、元来遠縁の間であったし、かなり深い親しみを持っていた。
 頑固一徹な成田頼母も、平生は風変
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