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茂兵衛 (老眼をしばたたき一座を見回しながら)かような姿で、御一統にお目にかかり面目のうござる。
村人一 なんのそなな斟酌がいるもんけ。村のために、そなな身にならしゃったことはわかっているでな!
村人たち ほんまじゃ。ほんまじゃ。そなな会釈はいらんぞっ! それよりも早う、話しとくれ。
村年寄甲 しっ、静かに。
茂兵衛 そういわれては、なおさら面目ない。わしらの申し開き拙いによって、かように村中一統の難儀になったのじゃ。
村人一 庄屋どん、そななことよりも、今日の首尾、その手錠の子細を早う話してくれ! 気にかかってしようがないわ。
茂兵衛 そう、おせきなさるな。話すなというても、話さずにはおられんことじゃ。実はな今日新郡奉行|筧《かけい》左太夫様のお役宅へ出たのじゃ。ところが、御奉行様の仰せらるるには、お上が今度の一揆に対しての御沙汰は恩威並びに行うという御趣意じゃと、こう仰せられるのじゃ。それでな、年貢米は、嘆願によって免除する代りに、一揆の発頭人は、一昨日御坊川で磔にした。また、松野八太夫様に礫《つぶて》を打った下手人は、草を分けても詮議するとこう仰せられるのじゃ。
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(一座から激しく嘆息がきこえる)
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それでな、御奉行様の仰せらるるには、一揆が香東川の堤にさしかかった時は、弦打村の百姓が、真っ先だろうとおっしゃるのじゃ。
村人たち (口々に)それや、嘘じゃ……なんぼ奉行様の仰せでも、それは間違うとる。大間違いじゃ。……大間違いじゃ。
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(村人たち口々に打ち消す)
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茂兵衛 まあ! 黙って聞いて下され。一揆の発頭人たちが、そう白状したと御奉行様が仰せられているのじゃ。
村人たち (銘々嘆息する)……。
茂兵衛 それにな。何より悪いことは、松野様が落馬あそばした所が、地蔵堂の手前で、まぎれものう弦打村の境内《さかいうち》じゃ。御奉行様もいわれるのじゃ。弦打村の者が先手にいたといい、松野どのの果てられたところが、村の境内といい、嫌疑がその方たちに懸るのを不祥と諦めいとこう仰せられるのじゃ。それでな、御奉行様内々の仰せでは、村中で評議して下手人を出すにおいては、褒美として、お救い米の高も、他所よりも心をつけてやるとこう仰せられるのじゃ。が、もし三日のうちに下手人が相知れぬにおいては、庄屋を初め名主、村年寄一統を下手人の代りに磔に上げるかも知れないぞ、とこう仰せられるのじゃ。
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(嘆息嗟嘆の声高し)
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茂兵衛 その上、詮議中その方たちに手錠を申し付けるという御沙汰で、この有様じゃ。(激しくしばたたく)それでな、わしが思うに、あの騒動中に誰の打った礫《つぶて》が、松野様に当ったか、打った当人にもわかるものじゃないと思う。が、御一統のうちで礫を打った心覚えのある人は五人や十人はあると思う。その中でな、村の難儀を救ってやろうと思うお人は、名乗って出てもらいたいんじゃ。
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(一同水を打ったように静まりかえってしまう)
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茂兵衛 御一統のうちでな、礫を打った覚えのある人は、村一統を救うと思うてな、名乗り出てもらいたいんじゃ。
村年寄甲 難儀なことになったものじゃのう。
村年寄乙 恐ろしい災難じゃのう。
名主一 皆さん、今きかれる通りじゃ。御奉行様は、またこう仰せられた。下手人が、相知れぬときには、村一統の者をくくり上げて、あくまでも糺明するつもりじゃとのう。
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(一同顔見合わせ蒼白になってしまう)
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村人五 わしは、左の手に炬火を持ち、右の手に竹槍を持っていただけに、礫を投げようたって投げられやせなんだ。
村人二、三 わしやってそうじゃ。
村人四 わしやってそうじゃ。わしは、松野様のお馬が見えたとき、すこ飛びに逃げたわ。
村人七 わしは、またずっと後れていたけに、松野様のお馬はおろか御家中の姿やこし、まるで見かけなかったわ。
勘五郎 おいおいみんな、自分の身の明しを立てるよりも、今は村の難儀を考えるときじゃぞ。
藤作 そうじゃ、よういった。よういった。自分の身一つ逃れるよりも、村の難儀を逃れる工夫をするのが肝心じゃ。
茂兵衛 (それに力を得たごとく)そうじ
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