七、八、四 そうじゃ。そうじゃ。ひどい仕打ちじゃ。
村人六 わしゃ、何も知らん甚兵衛どんが、竹槍杖ついて、ちんば引き引きついて来るのを見ると、涙がこぼれたぞな。
村人七 俺《おら》も、可哀相で見ておられなんだぞ。勘五郎どん、お前どうしただ。お前が一揆の大将を、甚兵衛どんの家へ案内したいうじゃないか。なんで、この家には、足腰のたっしゃな若い者が三人もいると、いってやらんのじゃ。
勘五郎 そら、後から気のつくことじゃ。わしも、竹槍を差しつけられて案内しとるんじゃろう。命がけじゃないか。早う、案内役を逃げたい思う一心で、何でも早う済めばよいと、思うとったけにのう。
村人七 ほんとうに、あのおきん婆、一揆の大将に頼んで、突き殺してもらいたかったのう。
村人四、六、八 ほんまじゃ。ほんまじゃ。
村人七 考えても、腹が立つでのう。
勘五郎 だが、庄屋どんや名主どんは遅いのう。
村年寄甲 なんぞ、難儀なことになっとるかも知れんぞう。
村年寄乙 松野八太夫様が、馬から落ちくぜた所が、もう半丁も向うだとよかったんじゃ。あすこの地蔵堂の所が、村境じゃけにな。ほんの半丁ぐらいの違いで、この村に難儀がかかるんじゃ。
村人八 お上も、無理じゃないか。郡奉行様が一揆に殺されたのが弦打村の地境の内だからというて、弦打村から下手人を出せというて、あんまり聞えんじゃないか。
村年寄乙 じゃけど、そうでもせな、下手人が出んのじゃ。下手人が出んと、お上の御威光にかかるけにな。
村人六 えらい、災難じゃのう。
勘五郎 ええことは、二つないわ。一揆のおかげで御年貢御免になったかと思うと、すぐこなな無理な御詮議じゃ。一昨日《おととい》、御坊川で一揆の発頭人も磔になったというから、下手人が出たら磔は逃れんのう。
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(一座、しんとしてしまう。その時甚兵衛が、末弟の甚作と一緒に来る)
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村人七 ああ甚兵衛どんが来た。甚兵衛どんが来た。
村人四 相変らず、にこにこしとるわい。あの人は、他人には、いつも愛想がええわ。
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(甚兵衛、蒼白な顔に微笑を堪《たた》え、皆にぺこぺこ頭を下げて、隅の方へ座る)
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村人八 甚兵衛どん。遅かったのう。
甚兵衛 (黙ってうなずく)……。
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(甚作、甚兵衛に寄り添うて座ろうとする)
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村人七 甚作、わりゃ、何しに来ただ。
甚作 おっ母が、ついて行けいうけに。
村人七 何やって、おっ母がそんなことをいうんじゃ。今日の集りは、一揆について行ったものだけの集りじゃぞ。
甚作 じゃけどもな、おっ母が、兄やは少し足らんけにな、寄合の席へやこし、一人でやるのは、心元ないいうけにな。
村人七 えろう、勝手なこと、いいやがるやつじゃのう。そなな心もとない甚兵衛を、どうしてまた、一揆にやこし一人で出したんじゃ。あんまり、得手勝手なことをしていると天罰が恐ろしいぞと、おっ母にいってやれ。
甚作 (言葉もなく黙してしまう)……。
勘五郎 ほんまじゃ。おっ母にな、少しいってやれよ。あんまりひどいことをするとな、人間がゆるしても、神様が許さんていうてな。
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(甚作は、顔を赧《あか》らめて、さしうつむいてしまう。甚兵衛はにこにこ笑っている)
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村人九 ああ、街道筋に提灯が見えるぞう。庄屋どんたちが、帰ったんじゃ。
村人十 おお見える。迎えに行こう。
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(一座緊張して、待っている。やがて、迎えに行った村人が、悄然として帰って来る。それに続いて庄屋と名主とが銘々手錠を入れられ、郡奉行の役人たちに守られて、首をうなだれて帰って来る。一座仰天する)
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村人たち (口々に)どうしたんじゃ。どななおとがめでそなな目におうたんじゃ。
村年寄甲 茂兵衛様、一体これはどうしたんじゃ。
茂兵衛 子細はあとでお話しする。まず、おしずまり下さい。
村年寄甲 おおしずまるとも。皆静かにせ。村の一大事じゃけに、みんな静かにしてくれ。
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(村年寄たち、庄屋を庇うて、座敷へ上げ、郡奉行の役人たちを案内する。庄屋正面へ出る。村人たち、水を打ったように静かになる)
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