おきん (すぐ警戒するような顔をして)何じゃ! 
およし あのな、えらいいいにくい頼みじゃがな。お前とこの大根を、一本貸してもらえんかな。
おきん (黙っている)……。
およし 村中で、みんな羨んどる。おきんさんところじゃ、よう大根作ったいうてな。飢饉で何もできなかったのに大根だけはようできた。おきんさんは、よう気がついたいうてな。
おきん (大根を大切そうに包丁で、切りながら)おぬしには、この朔日《ついたち》にも一本貸してやったな。
およし ああそうそう。わしもよう覚えているでな。御時世がようなったら、十倍にも百倍にもして返そうと思っとるんじゃ。じゃけどな、おきんさん、わしはたびたび無心いいとうはないんじゃけどな、家の爺《じじい》がな、二、三日前から、病《わずら》いついてな。……食うものも食わんのじゃけに、病《わずら》いつくのも当り前じゃがな。それでな、青物が食いたい食いたいいうて口ぐせのようにいうとるのでな。何ぞ、食べられるような草があるかと思うてな、野面を走り回ったけれども、冬の真ん中じゃで何もないんじゃ。わしの亭主、助けると思うてな。大根一本融通してくれんかな。御時世が直ったらな。十本にでも百本にでもして返すけにな……。
おきん (黙って大根を鍋に入れる)……。
およし なあ、おきんさん、わしたち、助けると思ってな。
おきん (冷然として)まあ、堪忍してもらおうけな。
およし (おどろいて)ええ何やと。
おきん 御時世が直って、大根を一車返してもらうより、今の一本の方が大事じゃけにな。
およし (弱々しき反抗で)えろうまあ、無慈悲なことをいうのう。
おきん いわいでかのう。この時節に、食物のことでは、親子兄弟でもな、血眼になっとるんじゃ。
およし 大根一本が、それほど惜しいかのう。
おきん ふふむ。何いっているだ。おぬしの方が、それほど欲しがっているじゃないか。この頃では甚吉の家の大根いうてな、みんな評判してな。一本でも二本でも盗もうとしてるんじゃ。家中《うちじゅう》、代り番こに、ねず番しとるんじゃ。一朱銀の一つも持ってくるがええ。大根の一本や二本くれてやるけにな。
およし (憤然として)人情を知らんのにもほどがあるのう。
おきん 何いってるぞ。この時節に、人情だの義理だのいっとると、乾干しになって死んでしまうわ。本津《もとつ》の義太郎を見いな。米俵、山の
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