ように積んであっても、一合一勺だってこっちに恵んでくれたかのう。一石百五十匁もしたら、売ろうと思っとるんじゃないか。こちとらのような、水呑百姓が大根一本だって、人にくれられるけ。無駄口利かんと、早う帰ったらええわ。
甚作 (見かねて)おっ母。そなな無愛想なことをいわんで、一本ぐらい貸してやれな。まだ一みね[#「みね」に傍点]はあったんじゃないか。
おきん 何、いらんことをいうのじゃ。みんなお前たちが可愛いけに、大根の一本も惜しむんじゃないか。ぐずぐずいわんと、早う出かけて泥鰌の一匹でもよけい取って来い。
甚三 甚作行こう。およし婆さ。家のおっ母、一刻者じゃけに、いい出したら、後へ引かんけにな、今日は諦めて帰るとええわ。
およし 何が、一刻者じゃ。生死塚のばばあのように、欲の深いやつじゃ。(帰りかけて)今にみろ、あたしたちが飢えて死ぬときには、うんとこさと呪ってやるからな。
おきん ええわ。なんぼなと呪え。おぬしのようなおいぼれに呪われたって、何の悪いことがあるもんけ。
およし 業つくばばめ。
おきん おいぼれめ。おぬしたち早う飢えて死ねよ。それだけ、穀がのびて、他の者が助かるわ。
およし (口惜しがっし)女子《おなご》のくせに、よう無慈悲なことがいえるな。ええわ、ええわ。今に思い知らせてやるけに。(退場する)
おきん この大根と粟とで、春まで命をつなぐんじゃ。一本だって、他人にやって堪るけ。
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(大根を入れた鍋を、竈《かまど》にかけ火を点ける)
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甚三 じゃ、おっ母、行って来るぞ。
おきん ああ行って来い!
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(二人の兄弟、「前掻き」と魚籠とを持って出て行く。入れ違いに村人勘五郎、慌しく入ってくる)
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勘五郎 おきんさん。甚吉どんはおらんかのう。
おきん おらん。今朝、早うからな、落松葉をな、お城下へ売りに出たよ。
勘五郎 落松葉を、うむ、そななものでも金になるけ。
おきん 百にもならねえだ。それでもな、粟の二合や三合は買えるけにな。
勘五郎 甚三も甚作もおらんかのう。
おきん 二人ともおらん。何ぞ用け。
勘五郎 おっ母、恐ろしいこと
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