よりも大事じゃ。百本ばかりある大根が、冬中のおもな食物《くいもの》じゃけになあ。
甚三 お母《かあ》、木津の藤兵衛の家じゃもう食物《くいもの》が尽きたけに、来年の籾種にまで、手を付けたというぞ。
おきん 藤兵衛が家でけ。ええ気味じゃ。藤兵衛の嬶《かかあ》め、俺がいつか小豆一升貸せいうて頼んだのに、貸せんというてはねつけやがったものな。
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(おきん、台所へ入り水を汲んで大根を洗っている。隣家の老婆、およし入ってくる。ぼろぼろの着物を着て、瘠せはてている)
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およし 甚作さんたち、何しているんでや。
甚作 これから、魚掬いに行くんじゃ。
およし お前の所じゃ、まだそななことができるから、ええな。わしの所じゃ、老人《としより》夫婦で泥鰌一匹捕ることやてできやせん。食べるものは、もう何にもなしになってしもうた。
甚三 およし婆さん。羨むなよ。これでな、二人で一日中小溝を漁ってもな、細い泥鰌の二十匹も取ればええ方じゃぞ。
およし そうかな。
甚三 この近所じゃ、銘々で取り尽して、川には、小鮒一つやて、おりゃせんわ。山には、山の芋どころか、のびるだって、余計は残っておらんぜ。
およし もう一月もしたら、何食うやろうぜ。
甚三 おおかた壁土でも食っているやろう。
甚作 滝の宮の方じゃ、もう松葉食うとるだ。
およし 民百姓がこなに苦しんどるのに、お上じゃまだ御年貢を取るつもりでいるんじゃてのう。
甚作 御年貢米の代りに、人間の乾干しを収めるとええぞ。
およし 明和の飢饉じゃて、これほどではなかったのう。
甚作 あの時には、お救い小屋が立ったというじゃないか。
およし そうじゃ、そうしゃ。わしもな、お救い小屋のお粥をもろうたがなあ。ひどい飢饉じゃったけれどもな、今度ほどは困らなかったぞ。みんな、お上がよかったからじゃ。御家老様が、偉い御家老様だったでな。お蔵米を惜しげもなくお下げになったのじゃ。
甚三 今度は、お蔵米どころか、こちらを、逆さにして鼻血まで、搾り出そうとしている。
およし わしもなあ、長生きしたおかげで、食うや飲まずの辛い目にあうことじゃ。
(ふと、この家に来た用向きに気がついて、いいにくそうに)おきんさん。わしゃ、お頼みがあって来たんじゃがな。
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