を通じて、済ませていた。
死後に分ったことだが、彼は七月の初旬に二度も、文藝春秋社を訪ねてくれたのだ。二度とも、僕はいなかった。これも後で分ったことだが、一度などは芥川はぼんやり応接室にしばらく腰かけていたという。しかも、当時社員の誰人も僕に芥川が来訪したことを知らしてくれないのだ。僕は、芥川が僕の不在中に来たときは、その翌日には、きっと彼を訪ねることにしていたのだが、芥川の来訪を全然知らなかった僕は、忙しさに取りまぎれて、とうとう彼を訪ねなかったのである。彼の死について、僕だけの遺憾事は、これである。こうなってみると、瓢亭の前で、チラリと僕を見た彼の眼付きは、一生涯僕にとって、悔恨の種になるだろうと思う。
彼が、僕を頼もしいと思っていたのは僕の現世的な生活力だろうと思う。そういう点の一番欠けている彼は、僕を友達とすることをいささか、力強く思ったに違いない。そんな意味で、僕などがもっと彼と往来して、彼の生活力を、刺激したならばと思うが、万事は後の祭りである。
作家としての彼が、文学史的にいかなる位置を占めるかは、公平なる第三者の判断に委すとして、僕などでも次のことは言えると思う。
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