まま出ていった。アルベールという見張りをしていた下男は、レイモンドが僧院の本院について曲がるのを見た。そしてまもなくその姿が見えなくなった。五六分経っても彼女の姿が見えないのでアルベールは心配し出した。彼は曲者が倒れたところから目を放たぬようにしながら、梯子を伝って降りていった。そして大急ぎで曲者が最後に姿を見せた場所へ走った。彼はそこでちょうどビクトールを連れて曲者を探しているレイモンドと行き逢った。
「どうしました?」
「とても泥棒を捕まえることが出来ない。」とビクトールが答えた。「俺はちゃんと小門を閉めて鍵を掛けてしまったんだがなあ。」
「他に逃げ道はないのにおかしいなあ。」
「ええ、本当にそうよ。十分も経てばきっと泥棒を捕まえてよ。」とレイモンドもいった。
「この僧院から逃げ出せるはずはないんだから、きっとどこかの穴の隅っこに隠れているに相違ない。」とアルベールがいった。
 小銃の声を聞いて農夫の親子が駆けつけた。その農夫たちの家もやはり土塀の中にあったが、彼らも何人《なんびと》の姿も見なかった。それからみんなは叢という叢を掻き※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]したり、円柱にからみついている蔓草を引き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》った。礼拝堂《らいはいどう》の扉も調べたがみんな錠が掛《かか》っており、一枚の窓硝子も壊れていなかった。僧院の隅から隅までとり調べたが、猫の子一|疋《ぴき》も出なかった。けれどもただ一つ見つけたものがあった、レイモンドに撃たれて曲者が倒れた場所で、自動車の運転手がかぶるたいへん柔《やわら》かな皮帽子を拾った。その他には何一つ無かった。
 翌朝《よくちょう》六時に近所の警察署の警部が駆けつけてきてとり調べた。警部は早速本署へ宛て、犯人の皮帽子と短劒《たんけん》一|振《ふり》を発見したから、至急強盗[#「強盗」は底本では「盗強」]首領は捕まえる必要があると報告した。
 十時には検事と、判事と判事の書記と三人を乗せた馬車と、ルーアン新聞の若い記者とある新聞の青年記者を乗せた馬車と、都合二台の馬車がこの邸《やしき》へ着いた。
 この邸は昔アンブルメディの僧侶が住んでいた所であって、仏蘭西《フランス》大革命の戦争の時ひどく破壊されたのを、ジェーブル伯爵が買って手入《ていれ》をしてから二十年も経っている。建物は時
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