奇巌城
アルセーヌ・ルパン
モーリス・ルプラン
菊池寛訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)聞《きこ》ゆる

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|疋《ぴき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]
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        一 夜半の銃声
            懐中電灯の曲物

 レイモンドはふと聞き耳をたてた。再び聞《きこ》ゆる怪しい物音は、寝静《ねしずま》った真夜中の深い闇の静けさを破ってどこからともなく聞えてきた。しかしその物音は近いのか遠いのか分《わか》らないほどかすかであって、この広い屋敷の壁の中から響くのか、または真暗《まっくら》な庭の木立の奥から聞えてくるのか、それさえも分らない。
 彼女はそっと寝床から起き上《あが》って、半分開いてあった窓の戸を押し開いた。蒼白い月の光は、静かな芝草の上や叢《くさむら》の上に流れていた。その叢の蔭の方には、古い僧院の崩れた跡があって、浮彫の円柱や、壊れた門や、壊れた廻り廊下や、破れた窓などが悲惨な姿をまざまざと露《あら》わしていた。夜のかすかな風が向うの森の方から静かに吹いてきた。
 と、またも怪しい物音……それは下の二階の左手にある客間から響くらしい。
 レイモンドは勇気のある少女であったが、何となく恐ろしくなってきた。彼女は寝衣《ねまき》の上に上着をまとった。
「レイモンドさん!レイモンドさん!」
 境の戸の閉めてない隣りの室から、細くかすかな声が聞えたので、レイモンドはその方へ探り探り行こうとすると、従妹のシュザンヌが室から出てきて腕に取り縋《すが》った。
「レイモンドさん……あなたなの?あなたも聞いて!」
「ええ……あなたも目を覚ましたのね!」
「私、きっと犬の声で起きたのよ……もうしばらくしてよ。けれどももう犬は鳴かないわね……今何時でしょう?」
「四時頃だわ。」
「あら! お聞きなさい。誰か客間を歩いているようよ。」
「でも大丈夫よ、お父様が階下《した》にいるんですもの、シュザンヌさん。」
「でもかえってお父様が心配だわ。」
「ドバルさんが一緒にいらしってよ。」
「でもドバルさんはあっちの端《はじ》よ、どうして聞える
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