ものですか。」
 二人の少女はどうすればいいのか迷ってしまった。声を上げて救いを呼ぼうかと思ったが、自分らの声を立てるのさえ恐ろしくて出来なかった。窓の方へ近づいたシュザンヌは喉まで出た声をかみしめて、
「ごらんなさい…… 噴水の脇の男を!」
 なるほど、一人の男が何やら大きな包を小脇に抱えて、それが足の邪魔になるのを払い払い、足早に走っていく。曲者は古い礼拝堂の方へ走って土塀の間にある小門《こもん》の蔭に消えてしまった。その戸は開けてあったと見えて、いつものように戸の開く音がしなかった。
「きっと客間から出てきたのよ。」とシュザンヌが囁いた。
「いいえ、違うわ。客間の方からならもっと左の方に現《あら》われなければならないはずよ、でなければ……」
と、いいながら二人はふと気づいて窓から見下《みおろ》すと、一挺の梯子《はしご》が階下の二階に立て掛けてあった。そしてまた一人やはり何か抱えた男が梯子を伝い降り、前と同じ道を逃げていくのだった。シュザンヌは驚いてよろよろと膝をつきながら、
「呼びましょう……救《たす》けを呼びましょう。」
「誰が来てくれるかしら、お父様には聞えるわね……だけどもしまだ他の泥棒でもいて、……お父様に飛びついたら……」
「でも……下男を呼びましょう……呼鈴《よびりん》が下男部屋に通じているわよ。」
「そうよ……それはいい考《かんがえ》だわ……でもいい工合《ぐあい》に来てくれればいいわね。」
 レイモンドは寝床の側《そば》の呼鈴を強く押した。……りりっりんりりっりん……と下男部屋の方に鳴った鈴《りん》の音が、しーんとした家の中に響き渡った。二人の少女は抱き合って息をひそめた。あとはまた元の静けさに返って、その静けさは実に恐ろしい。
「私恐いわ……恐いわ。」とシュザンヌは繰り返した。
 その時突然階下の暗闇の中から、にわかに人の格闘する物音が聞えてきた。つづいて物の倒れる音、罵る音、叫ぶ声、最後に喉でも突き刺されたような恐ろしい、物凄い、荒々しい悲鳴、唸声《うなりごえ》がする。
 レイモンドは戸の方に飛んだ。シュザンヌは泣き叫んでその腕に取り縋った。
「いやよ……いやよ……残していってはいやよ。」
 レイモンドは彼女を押し退けて廊下へ飛び出した。シュザンヌもそのあとから泣き声を上げつつよろよろと転ぶように走った。レイモンドは梯子を駆け降りて、大きな客
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