問うと、桑原甚内と云い、嘗つて義元が度々遊びに来た寺の小僧をした事があって、義元をよく見知って居るから、願えることなら今度の戦に義元と引組んで首をとりたいと答えた。信長、刀を与えて供に加えた。毛利新助、服部小平太の両人が之を聞いて、この若者につきそって居て義元に出会おうと考えた。
今の時間で丁度八時頃、神宮の南、上知我麻祠《かみちがまのやしろ》の前で、はるか南方に当って一条の煙が、折柄の旭《あさひ》の光に、濃い紫色に輝きながら立ち上るのが見られた。丸根の砦の焼け落ちつつある煙だったのである。人馬を急がせて古鳴海《こなるみ》の手前の街道まで来ると、戦塵にまみれた飛脚の兵に出会った。丸根落ちて佐久間大学、飯尾近江守只今討死と告げるのを信長聞いて、「大学われより一時先に死んだのだ」と云って近習の士に銀の珠数を持って来させ、肩に筋違《すじか》いにかけ前後を顧みて叫んだ。「今は各自の命を呉れよ」と云うが早いか栗毛に鞭くれて馳《はし》り出した。従士達も吾劣らじと後を追うて、上野街道忽ち馬塵がうず巻いた。
丸根が落ちた後の鷲津も同様に悪戦苦闘である。今川勢は丸根に対した如く、火を放って攻めたので
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