余騎である。「両人とも早いぞ早いぞ」と声をかけて置いて、ひた走りに馳《か》けて熱田の宮前《みやまえ》に着いた時は、その数千八百となって居た。熱田の町口には加藤|図書助順盛《ずしょのすけよりもり》が迎えに出て来て居て、出陣式法の菓子をそなえた。信長は喜んで宮に参り願文《がんもん》を奉じ神酒を飲んだ。願文は武井入道|夕菴《せきあん》に命じて作らしめたと伝うるもので、
「現今の世相混沌たるを憂えて自ら天下を平定しようと考えて居ます処、義元横暴にして来り侵して居ます。敵味方の衆寡はあだかも蟷螂《とうろう》の車轍《しゃてつ》に当る如く、蚊子《ぶんし》の鉄牛を咬《か》むが如きものがあります。願わくば天下の為に神助あらんことを」と云った意味のものであるが、果してこの様な願文を出したかどうか多少怪しい処はあるが、この戦をもって天下平定の第一歩であると考えて居た事は疑あるまいと思われる。
信長、この時、賽銭《さいせん》を神前に投げながら、「表が出ればわが勝なり」と云った。神官に調べさせると、みんな表が出たので将士が勇躍した。これは、銭《ぜに》の裏と裏とを、糊《のり》でくっつけて置いたものでみんな表が出
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