れ、と口汚く罵って、それから、ぷんぷん怒りながら今度は自分で車を坂の方へ曳いて行きました。丁度その日は、向うのルーヴァンの町でお祭りがある前の日でした。で、金物屋は、早くその市場へ行きついて、金物の店を出すのに都合のいい場所をとろうといそいでいるのでした。ですからこんなことになった今、金物屋の癇癪は大へんなものでした。そのルーヴァンまでは、まだなかなかなんですもの。金物屋は、どこかに飼主にはぐれた犬でも居ないものか、いたら、なるたけ大きな奴をひっ捕えて、しばりつけてやろうと、悪ごすい目をきょろきょろさせながら、さもやり切れなそうに車をひいて行きました。パトラッシュは蹴こまれたままでいました。茫々と草のしげった溝のなかに――
 その日、その街道は大へんなにぎわいでした。てくてく歩く人、驢馬に乗る人、あるいは二輪馬車、四輪馬車を走らす人、いずれも、お祭り気分で浮かれながらぞろぞろ行くのでした。もちろんその人達の目にも、倒れた犬はうつったでしょうが、みんな、そのまま行きすぎてしまいました。要するにたかが死んだ犬一ぴき、――それが、この地方でなんのめずらしいものですか。世界中どこへ行ったって、
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