一番のお客さんにしようと、アロアは一生けんめいでした。が、パトラッシュは暖《あたたか》い炉ばたへ行こうとも御馳走をふりむこうともしませんでした。からだは凍え、おなかは空き切っているにもかかわらず、ネルロがいなければ犬はなんにも食べたくもなく、なぐさめられもしないのです。パトラッシュはただ石のように扉《ドア》のそばにすわりこんで逃げ道はないかと、そればかりねらっているのでした。これを見たコゼツは言いました。
「あの子がいないといかんのだな。よしよし夜があけたら、何はおいてもわしがむかいに行ってやるからな。」
ああ、パトラッシュのほかに、誰がネルロの心を知っていよう。犬を残してただひとり、饑《う》えと悲しみとを覚悟して出て行ったその雄々しくもいたましい心――それはただ、パトラッシュだけがかんじていることなのです。
粉挽屋の台所は大へん暖《あたたか》です。炉のなかでは、大きな榾《ほだ》がぱちぱちと赤く燃え、隣近所の人々は、夕飯のために焙った鵞鳥の肉|一片《ひときれ》とお酒一ぱいとにありつくために、交る交るやって来ます。アロアは、明日こそ大好きなネルロと遊べるといううれしさにはしゃぎまわっ
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