それにはよいことも悪いこともあろう。だが、貧乏人は、えり好みをするのじゃない。」
 少年はだまって、おじいさんの言葉を聞いていました。彼はなんにもその言葉に逆いませんでした。しかし、
「いや、貧乏人だって、時にはえらばねばならぬこともある。えらくなる道をえらぶ、それを誰がいけないというものか。」
 ネルロはけがれない心に、一途にこう考えていました。
 ある日、運河のほとりの麦畑に、ネルロがたった一人で佇んでいると、ふとそれを可愛らしいアロアがみつけてかけ出して来ました。そしてネルロによりそいながら、しくしく泣き出すのでした。明日はアロアの誕生日なので、これまでなら、ネルロを招いて、おいしい御馳走をしたり、大きな納屋であそびまわったりして、たのしくすごせるはずなのに、今年に限ってお父さんもお母さんも、ネルロを呼んではいけないと言い渡されたのでした。ネルロはやさしく少女に接吻《キス》してそして、深く胸の中《うち》に決心したことをささやくのでした。
「ね、アロアちゃん、僕もいつかはきっとえらくなってみせますよ。やがて時が来れば、お父さんが持っていらっしゃる僕の描いたあの松の板ぎれだって、あの
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