大きさの銀を出しても変えない程な値が出ますよ。そうなったら、お父さんだって、戸を閉めて僕を入れないようなことはなさらないでしょう。ただ、アロアちゃん僕を忘れないでね。忘れないで下さいね。僕きっとえらくなるから――」
「まああたしがあんたを忘れるって言うの、そんなこと言うならいいわ。」と愛らしく泣きぬれたアロアは、頬をふくらしてすねたように叫びました。その眼には、まごころがあらわれていました。少年はそれをみると胸がせまって、いそいで目をそらしました。遥か彼方には、宵闇にほの白く、あの旧教の大伽藍がそびえ立っていました。少年の顔には、一瞬間、何か崇高なかがやきがひらめきました。アロアはちょっとこわくなったほどでした。
「僕はえらくなる。」と、少年は深い息をして呟きました。
「アロアちゃん、えらくなれなかったら、僕は死ぬ。」
「死ぬんですって、じゃあたしを忘れてしまうのね。」と、アロアは少し苛立ってネルロを押しのけました少年は頭をふって、ほほ笑み、脊丈ほどもある、黄色に熟れた麦のかげを、家の方へかえって行くのでした。少年の目には幻が浮んでいました。――いまにきっと幸福《しあわせ》になれる時が
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