りにちらばっていて、それをネルロが松のけずり板に、写生しているところでした。コゼツの旦那は、立ち止って、その写生をながめました。ぽちゃぽちゃした頬、黒い瞳、ふしぎによく似ています。彼はこの一人娘を、目に入れてもいたくないほど、可愛がっていたのでした。ふいに彼は、何を思ったか、お母さんが呼んでいるのに、なぜぐずぐずしているのかとアロアを叱りつけ、アロアがびっくりして泣き出すのもかまわず、家の方へ追いやってしまいました。そして振りかえって、ネルロの手からその板ぎれを取り上げました。
「なぜ、こんなばかげた真似ばかりしているんだ。」
 ネルロはあかくなってうなだれ、
「僕は見えるものを何でも写生するんです。」と小さい声で言いました。コゼツはだまっていましたが、やがて五十銭銀貨を一つさし出しました。
「それは悪いひまつぶしというものだ。だがこれは大層よくアロアに似ているから、うちの母さんにみせたらよろこぶだろう。この金をやるから、この絵はわしにくれ。」
 するとネルロは顔をあげ、手をうしろへやって、
「いいえ、僕、お金なんかいりません。この絵がよかったら持っていらっしゃい。いつもあなたは親切に
前へ 次へ
全71ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング