、そんなりっぱなダイヤモンドを見たのは、はじめてのようでした。
「さあ、がっかりなさったかわりに、どれか一つお取りください。」
と、どなりつけた商人に言いました。
 すると、その人は
「では、この小さいのを一ついただきましょう。」と、言って、きらきら光っている中から、一ばん小さいのを一つ取り出しました。
 私は、もっと大きいのをお取りなさい、とすすめましたが、その人は首《くび》をふって、
「これ一つあったら、私がほしいと思った財産をつくることができます。私はもう、こんなあぶない思いをして、ダイヤモンドをさがしには来ますまい。」と、言いました。
 それから、みんなで、港をさして出かけました。そして、そこから船に乗って、家へ帰ることにしました。帰りみちでも、いろいろあぶない目にあいました。けれども、ともかく、バクダッドへ帰って来ることができました。
 私はダイヤモンドを売って、大へんなお金をもうけました。そして、たくさんのお金を貧乏人にほどこしました。そして前よりも、もっとお金持になって、人からちやほやされるようになりました。

 ここで、シンドバッドは話をやめました。そして、また百円、ヒンドバッドにくれました。それからヒンドバッドは家へ帰って行きました。
 次の日の晩も、また、お客さまたちはあつまりました。ヒンドバッドも、やっぱりやって来ました。
 シンドバッドは、また、あぶない目にあった話をしはじめました。すなわち、三度めの航海の話でありました。

       三|度《ど》めの航海《こうかい》の話《はなし》

 私は、しばらく家にいて、楽しくくらしているうちに、だんだん、苦しかったことや、こわかったことを、忘れてゆきました。そしてまた、新しいぼうけんがしてみたくなりました。それに、まだ私は、家でしずかにして、ぶらぶらくらしている年ではない、と思いました。それでこの前の時のように、品物を買いあつめて、商売の旅《たび》に出ました。
 商売は、どの港でも、大へんつごうよくゆきました。品物がどんどん売れてゆきました。そして、こんどこそは、ひどい目にもあわないですみそうだと思っているやさき、ある日、大あらしがやって来ました。
 船は、すっかり方向がわからなくなってしまって、船長でさえも、風下《かざしも》のある島のかげへ来るまでは、どこをどう進んでいるのか、かいもくわからないというほどでした。
 仕方がないので、私どもはともかくも、その島のかげで、あらしをよけるために、いかりをおろしました。
 けれども、船長が、この島をつくづくと見た時、急にかみの毛を引きむしって、
「しまった、ここは猿《さる》の山にちがいない。」と、さけんだのであります。
 それから船長は、この島へ来て、生きて帰った者はないのだ、という話をしました。なぜかというと、この島には、人よりも猿によくにたものがたくさん住んでいて、おまけに大そう、けんかずきだというのです。
 船長のこの話が終らないうちに、もう小さなやつが大勢、海岸へ出て来たかと思うと、船をめがけて、ぽちゃぽちゃと泳《およ》いで来はじめました。
 それが近づいて来た時、よくよく見ると、一寸|法師《ぼうし》のようで、猿よりもにくらしいのです。そして、からだじゅうに赤い毛が、ぎっしりはえていました。
 やがて船に泳ぎつくと、みんなして船を海岸へ引っぱって行きました。そして、私どもを陸《おか》に追い上げて、こんどは自分たちばかりが船に乗って、ほかの島をさして、こいで行きました。
 私どもは、こわごわ、そこらじゅうを歩いてみました。そして、果物や木の根を見つけて、たべました。
 夕方になってから、向うに高い御殿が立っているのが、見つかりました。それで、そこにかくれるところがあるかもしれないと思って、行ってみることにしました。
 御殿には、こくたんの大きな戸が閉まっていました。おすと、すぐに開きました。私どもは、中庭へ入って行きました。だれもいないで、ひっそりとしていました。
 しかし、しばらく見まわっているうちに、骨《ほね》を小山のようにつみかさねてあるところへ来ました。そこには、物を焼く時に使うかなぐしが、いっぱいちらばっていました。
 わけがわからないものですから、私たちは、だいぶ長い間、じっとそれを見ていました。すると、太い、雷《かみなり》のような音が聞えてきました。みんなが、その方をふり向くと、ちょうど、こくたんの戸がそろそろと開きかかっているところでした。そして、くれない[#「くれない」に傍点]と金をまぜたような夕やけの空の中に、ぬうーっとあらわれたのは、おそろしい大入道《おおにゅうどう》でした。
 その大入道は、松やにのようにまっ黒な色をしていて、しゅろの木のように背が高いのです。ひたいのまん中に、一つ、まっ赤《か》な目がありました。それはちょうど、石炭がもえている時のように、ぎらぎら光っていました。口は、まっ暗な井戸のようで、くちびるは、らくだのように胸までぶらさがっていました。そして、耳は象のように大きくて、肩のへんまでたれていました。また爪《つめ》は、わしのようにとがっていました。
 私どもは、この大入道を一目見るやいなや、気をうしなって、そのままそこにたおれてしまいました。
 やがて、息《いき》をふき返してみると、大入道は、私たちを一人ずつ、つまみ上げて、そのまっ赤な目で、ていねいにしらべているところでした。
 すぐに私がつまみ上げられました。私は、高いところで、ぶらんぶらんしていました。大入道は、ぐるぐる私をまわしながら、からだの方々をつねってみるのです。太っているかどうか、こうしてしらべるのです。やがて、私が骨と皮ばっかりにやせているのがわかると、下へぽーんと投げました。それから、また、仲間の一人をつまみ上げました。この人も、くるくるまわされたり、つねられたりして、苦しそうでした。その次には船長をつまみ上げました。この人は、みんなの中では、一ばん太っている人です。大入道は、にやりと笑って、船長をかなぐしに、ぷすりとさしこみました。そして焼きはじめました。
 それから船長を、夕ごはんにしてたべてしまうと、ぐうぐうねむりはじめました。そのいびき[#「いびき」に傍点]は、一晩じゅう、雷がごろごろ鳴りひびいているようでした。
 そして朝になると、私たちには目もくれないで、さっさと出かけて行きました。
 すぐに、私どもは、よりあつまって、自分たちの不運《ふうん》を悲しみあいました。そして、どこかほかに、かくれ場をさがそうと思って、御殿を出て行きました。
 しかし、島じゅうどこにも、そんなところはありませんでした。
 夜になって、仕方なく、また御殿へ帰って来ました。
 すると、まもなく大入道も、外から帰って来て、また仲間の一人をつかまえて、きのうの船長と同じようにして、たべてしまいました。
 次の朝、大入道が出かけて行った後、私どももやっぱり、出かけました。こんどは、もう一度この御殿へ、たべられに帰って来るくらいなら、いっそ海へ身を投げて、死ぬ決心《けっしん》でした。
 それから、方々さがしても、やっぱりどこにも、かくれ場はありませんでした。そして、出るともなく海岸へ出てしまいました。すると、仲間の一人が、
「私たちは、もう神さまに見はなされてしまったのです。あんなにして、一人々々殺されてゆくよりも、いっそ、みんな一しょに死んでしまおうじゃありませんか。」
と、言いました。
「なるほど、それももっともです。しかしまあ皆さん、私の考えも、ひとつお聞きください。」
と、私はそれに答えてから、口をきりました。それから、
「このあたりに流れついている流木《りゅうぼく》を拾って、いかだを作りましょう。そして、もしもあの大入道を殺すことができなかったら、それに乗って、にげたらよいじゃありませんか。いかがです。」
と、相談してみました。
 すると、みんなこの話に、さんせいしてくれました。そして、夕方までにいかだを作り上げて、海岸につないでおきました。
 さて、それから、帰りたくもない御殿へ、いやいやながら帰って行きました。きっと今晩も、だれかが殺されて、たべられてしまうにきまっていましたが。
 大入道は、また一人を、いつものように夕ごはんにしてたべると、大いびきで寝てしまいました。そこで私どもは、しずかに、大きなかなぐしを二つ、取り上げました。そして、かっかっと石炭がもえている中へ、つっこみました。そして、それがまっ赤になるのを待って、こっそりと大入道の寝ているそばへ、近よって行きました。それから、みんなで力をあわせて、そのかなぐしを、大入道の目の中へつきさしました。
 大入道は、おそろしいうなり声を立てて、痛《いた》いのと、腹が立つのとで、とび起きました。そして、うでをのばして、私どもをつかまえようとしました。けれども、もうめくらになっているものですから、私どもはうまくにげまわって、すみの方にうつぶしになっていました。それで、とうとう一人も、つかまえられませんでした。
 大入道は、わあわあ泣きながら、やっと、こくたんの戸のところまで行きました。そして、手さぐりで戸をあけて、まっ暗なやみの中へ消えていってしまいました。その泣き声が、いつまでもいつまでも、夜の空にごーごーと鳴りひびいていました。
 私どもはすぐに、いかだをつないであった海岸をさして、走って行きました。そして、そこで、大入道が死んでしまったのか、まだ生きているのかわかるまで、待つことにしました。
 けれども、やっぱり、私たちは運が悪かったのです。夜があけてゆくにしたがって、雷のような足音が聞えてきはじめました。それは、おこったあの大入道が、仲間を二人つれて来る足音でした。二人とも、さっきの大入道にまけずおとらずの、おそろしく背の高いやつでした。
 私どもは、それを見るやいなや、大いそぎでいかだに乗りました。そして、沖《おき》へ向ってこぎ出しました。
 すると、大入道たちは、岩を拾っては、いかだをめがけて、投げはじめました。そのため、私のいかだよりほかのいかだは、みんな海に沈んでしまいました。
 私のいかだには、ほかに二人の仲間が乗っていましたが、三人とも、どうしてもここからにげたいと思いました。それで、あるかぎりの力を出して、こぎました。それで、まもなく、ほかの島へつくことができたのです。
 この島には、大そうおいしい果物がありました。私どもは、たべたり、休んだりして、しばらくつかれをなおしていました。
 するとにわかに、ざーざーと、おそろしいひびきが聞えてきました。そして私どもは、何だか急に気分が悪くなってしまいました。仕方がないので、じっとしていますと、とても大きな蛇が、ぬうーっとはいよって来ました。そして、あっというまに、仲間の一人をのんでしまいました。
「ああ、やっと一つのがれたと思えば、こんどは前よりも、もっと悪いことがやってくる。ほんとうに、どうしたらここからにげて行くことができるのだろう。」
と言って、私たちはなげきました。
 それでも、助かった二人は、走りつづけて、やっと高い木の下まで来ました。そして、大いそぎで、その木へのぼりました。
 その木には、運よくも、果物がなっていました。そこで二人は、まずお腹《なか》をこしらえました。
 その夜、私は、一ばん高い枝にのぼっていましたが、また蛇のざーざーいう音で目をさましました。すると、どうでしょう、蛇は、木にぐるぐるとまきついて、今にも、たった一人の私の仲間を、のもうとしているのです。そして、あっというまもなく、また大きな口をあけて、ぺろりとのみこんでしまいました。
「ああ、こうなっちゃ、もうどうしたってだめだ。晩にのまれるのを、じっと待っているよりも、いっそ、がけの上から、海へとびこんで死んでしまおう。」
 こう、私はひとりごとを言いました。
 けれども、海べまで来てみますと、そんなことをするのは、あんまりいくじがなさすぎると考えたのであります。
 そこでまた、引き返してきて、
前へ 次へ
全7ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング