木の枝だの、あし[#「あし」に傍点]だの、いばら[#「いばら」に傍点]だのを、できるかぎりあつめました。そして、それをたばにして、しっかりとゆわえ、それでもって、木の下に円い小屋のようなものを立てました。そして、そのてっぺんを、かたくかたくむすびあわせて、どこにも蛇が入って来るすきまがないように、ていねいに作り上げました。
 さて、その晩も、おそろしいざーざーいう音が聞えてきました。けれども、蛇はただ、小屋のまわりを、ぐるぐるとすべりまわっているだけでした。私は、おそろしさのあまり、死んだ人のようになって、ふるえながら夜をあかしました。
 こうしてまた、私は助かりました。そして、海べへ出て行きました。こんどこそは、もう身を投げて死のうと、きめて行ったのです。あんなおそろしい目にあうのは、とてもがまんができないと思ったものですから。
 しかし、ありがたいことには、海べに立って、沖の方をながめていますと、一そうの白帆《しらほ》の、こちらへ近づいて来るのが見えました。
 私はずきんをとって、むちゅうになってふりまわしました。するとまあ、なんてうれしいことでしょう、その船からはボートをおろしました。私を助けに来るのです。
 まもなく、私はその船に乗ることができました。そして、いっさいの話をしました。だれもかれも、私をかわいそうに思って、大そうしんせつにしてくれました。そして、新しい着物を出してきて、
「そのぼろぼろになった着物と、お着かえなさい。」と、言ってくれる人もありました。そのほか、いろんなことをして、私をなぐさめてくれました。
 そんなにして、航海をつづけているうちに、びゃくだんの木が、いっぱいはえている島へつきました。そこで、いかりをおろして、商人たちは島の人たちと取引をするために、陸《おか》へ上ってゆきました。
 そのあとで、船長が私を呼んで言うには、
「じつは、少しお願いしたいことがあるのですが、聞いてくださいませんでしょうか。ほかでもありません。まあ、このたくさんの荷物を見てください。これはみんな、この船に乗っていたバクダッドの商人のものなのですが、気の毒なことには、その人を、ある島へ、おき去りにしてしまったのです。それで私は、この荷物をみんな売りはらって、そのお金を、その商人の家の人にあげたいと思っているのですが、あなた、これを陸へ持って上って、売ってくださいませんでしょうか。もちろん、分《わ》け前《まえ》はさし上げるつもりなんですが。」とのことなのです。
 そこで、私は、
「それは、けっこうなお考えです。だが、その商人の名前は、何というのでしたか。」
 と、聞いてみました。すると、船長は、
「シンドバッドというのです。」と、答えたではありませんか。
 私は、こうり[#「こうり」に傍点]についている、私の名前をしらべてみました。それから、船長に、
「その人は、ほんとうに死んだのですか。」と、聞きました。
 船長は、
「それが気の毒なんです。とてもあの島では、助かっている見こみはありません。」
と、答えました。そこで、私は船長の手をとって、
「船長、私の顔をよーっくごらんください。あなたはこの顔に、おぼえはありませんか。私こそそのシンドバッドです。あのロックの島にとり残された、シンドバッドです。」
と、言いました。そして船長に、いろいろこわい目にあった話をして聞かせました。そのうちにだんだん、私がシンドバッドだということが、わかってきました。そして、大よろこびで品物をみんなと、今までにほかの島で私の品物を売ってもうけたお金とを、私に渡してくれました。
 それからまもなく、私たちはバクダッドにつきました。私は、こんどの商売では、とてもかぞえきれないほど、お金をもうけていました。それで、もっと土地を買って、またたくさんのお金を貧民どもにほどこしました。そしてまもなく、あぶなかったことや、苦しかったことを、みんな忘れてしまいました。

 そこで、三度めの航海の話は終りました。
 シンドバッドは、また、ヒンドバッドに百円やるようにと、召使に言いつけました。
 それからまた、ヒンドバッドは、第四航海の話を聞きに来ました。

       四|度《ど》めの航海《こうかい》の話《はなし》

 三度めの航海の後は、私は大へんゆたかに、仕合せにくらしていました。しかし、皆さん、あきれてはいけません。また私は、ただお金持で、ぼんやり家にいるのでは、どうも満足《まんぞく》ができなくなりました。旅をして、いろいろのぼうけんをしたいと思う心が、おさえても、おさえても、どうしてもやみませんでした。
 私は、また、商品を買いあつめました。そして、仲間の商人と一しょに船に乗って、外国の港をさして、出かけました。
 船は、いろいろの港につきました。私どもは、それぞれお金もうけをしました。
 ところがある日、大あらしがやって来たのです。そして、船長でさえも、船をどうすることもできなくなってしまいました。
 帆《ほ》は風のためにぼろぼろにちぎられて、まるでリボンのようになってしまいました。波は、何べんも何べんも、かんぱんの上をあらって、そのうちに船は、とうとう沈みはじめました。
 乗組員と、お客さまの大部分は、おぼれてしまいました。しかし、私ども二三人は、やっと板きれに、とりつくことができたのです。そして、一晩じゅう、おそろしい思いをしながら、波にただよっているうちに、ある島へ流れつきました。
「生きているより、死んだ方がましだった。」
 そう思いながら、夜があけるまで、海岸にたおれていました。
 やがて、朝になってから、何かたべるものがほしくなったので、島の奥《おく》の方へ歩いて行きました。大して歩きもしないうちに、まっ黒な、やばん人《じん》のむれに行きあいました。
 このやばん人どもは、すぐに私たちをとりまいて、自分らの小屋の方へ、引っぱって行きました。そして、まずはじめに、食べ物をくれました。私の仲間は、それをがつがついってたべました。けれども私は、もともと用心ぶかいたちですから、たべるふうだけしておきました。なぜかと言いますと、どうもこのやばん人どもは、人間の肉をたべているらしく思われたからです。
 でも、ほんとうに、たべないでよかったのです。私の仲間は、食べ物をのみこむと、まもなく気をうしなってしまいました。そして、やがて気がついた時は、もうすっかり気ちがいになっていました。
 これはどう見ても、やばん人どもが、何かたくらんでいるのにちがいないと思いました。
 その次にまた、ごはんの上にやし[#「やし」に傍点]の油をどっさりかけて、持って来ました。この時は、
「はーあ、こうして、みんなを太らせておいてから、たべるんだな。」と、わかりました。
 それとともに、私は大そうこわくなりました。それからは、いよいよ何にもたべませんでした。それで、大へんやせてしまいました。だれだって、殺してたべようとは思わないほどに、なってしまいました。
 さて、ある日、年とったやばん人が、ただ一人、番をしているきりで、みんな出て行ってしまったことがありました。それで、私はやすやすとぬけ出すことができました。
 私は、できるかぎり大いそぎで、森の中へ走って行きました。そしてそこで、七日ほどすごしました。
 しかし、やがてまた走り出て、とうとう島のはんたいのかわへ行きつきました。
 そこには、西洋人たちが、こしょうを取りに来ていました。そして私を見て、大へんびっくりしました。それから私の話を聞いて、なおなお、おどろいてしまいました。
「あのやばん人どもは、だれだって見つかりしだい、殺してたべてしまうのです。無事《ぶじ》ににげ出して来たのは、きっとあなた一人でしょう。」と、言いました。
 それから私を、自分たちの船に乗せて、その国へつれて行きました。そして、王さまのお目通りへ、つれて出ました。
 それから、みんなは、なかなかしんせつにしてくれました。
 王さまも、とくべつにお取立てくださって、高い位《くらい》につけてくださいました。
 さて、その島は、大へんお金のたくさんある島でした。そして、都《みやこ》では、さかんに商売が行われていました。私も、すぐに仕合せになって、満足していました。
 しかし、この島で、おどろいたことには、だれもかれも、馬によく乗るのですけれど、くらやあぶみや、たづなを使う者がないのです。それで、ある日、私は王さまに、
「陛下《へいか》、なぜ、この国では、くらをつける人がないのでございますか。」
と、うかがってみました。
 すると王さまは、ふしぎそうな顔をなすって、
「何を言ってるのかね。わしはまだ、そんな言葉を聞いたことがないよ。」
と、おっしゃったのです。
 そこで私は、なめし皮を作る職人《しょくにん》の中から、りこうそうなのを一人つれて来て、りっぱなくらを作ることを教えました。そして、私もまた、あぶみだの、はくしゃだの、たづなだのを作りました。そして、これらがみんな出来上ってから、そろえて王さまにさし上げました。そして、どういうふうに使うということもお教えしました。
 すると、すぐに王さまは、それをお使いになって、大そうおよろこびになりました。
 また、それを見て、身分の高い人たちは、だれもかれもほしがりました。それで、私はまた、みんなに作ってやりました。
 さて、そのうちに、私は、この島でも指おりの金持になってゆきました。
 王さまは、とうとう私に、この島の美しい娘と結婚《けっこん》をして、この島の人間になってしまうように、とおっしゃいました。
 私は、その美しい娘というのを見ました。すると、王さまのご命令通りにしたくなりました。それから二人は、一しょに仲よくくらしてゆきました。私は、そろそろバクダッドのことを忘れはじめました。
 しかし、ある日のことでした。大へんなことが起ってしまいました。というのは、私がふだん仲よくしていた、近所のおかみさんが死んだのです。大へん気の毒に思ったものですから、すぐおくやみに行きました。そして、
「あんまりくよくよなさらないように。おかみさんはああして、早くおなくなりなすっても、そのかわりにあなたが、長生きがおできになりましょうよ。」と、言いました。
 その人は、うつむいたまま、じっと私の言うのを聞いていましたが、やがて、
「よしてください。どうして、あなたは、私がこれから長生きができるなんて、おっしゃるのです。私はもう二三時間したら、家内《かない》と一しょに、うずめられてしまう身じゃありませんか。……ああ、あなたはまだ、この国のおきて[#「おきて」に傍点]をご存じなかったのですね。ここでは、妻《つま》が死んだら、夫はそれと一しょにうずめられるのです。そしてもし、夫の方が先に死ねば、妻がそれと一しょにうずめられるのです。」
と、言うではありませんか。
「まあ、なんておそろしいことだろう。そんなことは、とてもほんとうとは思われない。」
 私は、それを聞いて、こうさけびました。
 それから、王さまに、このことをうかがいました。すると王さまは、ただそれは、この国のおきてなんだから、そうされるのだ、とおっしゃったきりでした。
 それから、だれに聞いても、これをふしぎに思っている人はありませんでした。
 まあなんてこわいことだろう、なんていやなことだろう、と思っているうちに、とうとうそれが、私の身の上にふりかかってきました。ある日のこと、私の妻が、病気になったのです。そして、わずかのわずらいの後、とうとう死んでしまったのです。
 すると、町の人がやって来て、妻に一番いい着物を着せました。そして、髪《かみ》には宝石をかざりました。それから、高い山の上へ運んで行きました。
 山の上には、石が一つおいてありました。その石を持ち上げると、下は深い深い穴になっていました。そしてその中へ、私の妻は落されてしまいました。
 私は、どうか助けてくださいと、ずいぶんたのみました。しかし、だれも、私が何を言っているのか、聞こう
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