す。」と、言いました。
すると、船長は、急におそろしい顔をして、
「まあ、世の中はゆだんもすきもありゃしない。おい、お前さんが何と言ったってね、私は、ちゃあんとこの目で、シンドバッドが海に沈んだところを見たのだぜ。」
と、どなりつけました。
私は、すぐに、あれから後のことを何もかも船長に話しました。ところへちょうど、船に乗っていた商人たちが出て来て、私をほんとうのシンドバッドだと言ってくれました。
船長は、はじめて、大そうよろこびました。そして、
「すぐに、荷物をお引き取りください。」と、言いました。
私はその中から、なるべく見事なものをえらび出して、王さまにさし上げました。それから、あとの品はみな売りはらって、びゃくだんと、にっけいと、しょうがと、はっかと、丁子香《ちょうじこう》とを買い入れました。
それからもう一度、この船長の船に乗って出かけました。
その帰りみち、私はある島で、持って来た香料《こうりょう》をみんな、大へん高く売ることができました。それで、いよいよバクダッドへ上る時には、一万円の金貨ができていました。
家の者たちは、私が帰って来たので、大へんよろこびました。
それから私は、少しばかりの土地を買って、小ざっぱりした家を立てました。そして、安楽《あんらく》にくらして、こわい目にあったことは、みんな忘れてしまおうとしました。
ここで、シンドバッドは、一番はじめの航海の話を終りました。そして、音楽をはじめるように、また、もっとごちそうを持って来るように、と言いつけました。
さて、それがすんだ時、シンドバッドは、金貨で百円ほどを、ヒンドバッドにくれました。そして、もしも二度めの航海の話が聞きたかったら、あすの晩の、今時分にまたおいで、と言いました。
ヒンドバッドは、大いそぎで、自分の家へ帰って行きました。
皆さん、その夜、まあどんなにヒンドバッドのおかみさんや、子供たちがよろこんだか、お察《さっ》しください。
さて次の晩、ヒンドバッドは、一番いい着物を着て、シンドバッドの家へ行きました。
ゆうべと同じように、大そうなごちそうが出ました。そして、それがすんだ時、
「皆さん。今晩は、二度めの航海の話をしようと思います。これは、ゆうべの話よりか、もっともっとふしぎなことがたくさんあります。」と、シンドバッドが申しました。
二|度《ど》めの航海《こうかい》の話《はなし》
家へ帰って、しばらくの間は、私も楽しくくらしていました。しかし、まもなく、私は、ぶらぶらとその日その日をおくることが、いやになりました。そして、海の上へ乗り出して、波の上をとぶように走ったり、帆づなをびゅうびゅううならせて吹いてゆく、風の音を聞いたりしたくて、たまらなくなりました。
そこで私は、いそいでいろいろの品物を買いあつめ、もう一度、外国へ商売《しょうばい》に出かけることにしました。
それから、つごうのよさそうな船に乗って、大勢の商人たちと一しょに、いよいよ二度めの航海に出かけました。
船は、みちみち、いろんな港につきました。私どもは、そのたんびに、持って来た品物を売って、大そうもうけました。そして、すっかり品物を売りはらってしまってから後のことでした。ある日のこと、私たちは、ある島につきました。
その島は、ほんとうに美しい島でした。エデンの園《その》かと思われるほど、きれいなところでした。たくさんの花が、にじ[#「にじ」に傍点]のように咲きみだれて、じゅくした果物が、おいしそうにふさ[#「ふさ」に傍点]になって、なっていました。
私は、まずこの木の下へどっかりとすわりました。そして、あたりを見まわしました。
そこら一面、見れば見るほど、美しゅうございました。私は、持って来た食べ物をたべたり、お酒を飲んだりしました。それから目をつぶりました。そばを、しずかに流れている、小川の流れの音が、歌のように聞えてきました。そのうちに、ぼーっとしてきて、私はねむってしまいました。
それから、いったい、どれだけ時間がたったのかわかりませんが、ふと目をさますと、一しょに来た人たちは、一人もいなくなっていました。びっくりして、海の方へさがしに行ってみますと、まあ、どうでしょう。船は、とっくに出てしまっているではありませんか。そして、はるか向うまで走って行って、ちょうど白い点を打ったように見えるだけであります。私は、この島におき去りにされてしまったのです。こんなことになるほどなら、どうしてあのまま、家にじっとしていなかったのかと、泣いて残念《ざんねん》がりましたけれど、仕方がありませんでした。
私は、どうにかして島から出て行くことはできないものかと思って、高い木にのぼって、方々を見まわしました。
はじめに海の方を見ました。けれども、海には何にもありませんでした。
それで、こんどは、陸《おか》の方を見ました。すると、島のまん中ほどに、大きな、白い、円《まる》屋根のようなものが見えました。今まで一ぺんも、そんなものを見たことがないので、それが何だか、ちっともわかりませんでした。
私は、ともかく、木からおりました。そして、大いそぎで、その白い円屋根の方へ走って行きました。
しかし、いよいよそばまで行っても、それはかいもく何だかわかりませんでした。ちょうど大きなまり[#「まり」に傍点]のようで、すべすべしていて、とても、よじのぼることなどできませんでした。また、それかといって、中へ入って行こうにも、戸らしいものや、入口らしいものが、一つもありませんでした。どうにもしようがないので、私はただ、ぐるぐるそのまわりをまわっていました。
すると、にわかに空がくもってきて、見る見る夜のように、まっ暗になってしまいました。
それで、おそるおそる空を見上げますと、大きな鳥がまいおりて来て、そのつばさのかげのために、こんなになったのだということがわかりました。鳥は、またたくまにおりて来て、白い円屋根の上へとまりました。
この時、ふと私は思い出したことがありました。それは、水夫たちに聞いていた、ロックという鳥のことです。それで、すべすべした円いまりは、その鳥の卵にちがいないと思いました。
こう思いつくと、すぐに私は、頭にまいていた布をといて、つなを作りました。そして、それを自分の腰のまわりにまわして、両方のはしを、しっかりとロックの足にむすびつけました。
「しめたぞ。この鳥は、今に、とび上るにちがいない。そして、きっと、私をこの島から、つれ出してくれるにちがいない。」私は、こうひとりごとを言って、よろこびました。
はたして、まもなく、私は地から持ち上げられました。そして、雲にとどくかと思うまで高くのぼってしまいました。それからまた、だんだん下へおりてゆきました。そして、地につきました。私は手早く、ずきんの布をときました。そしてロックからはなれました。
ロックにくらべると、私はお話にならないほど、小さいものでした。それでロックは、まるきり私に気がつかなかったらしいのです。ロックはすぐに、そばに寝《ね》ていた大きな黒いものの方へとびかかってゆきました。そして、それを口ばしでくわえて、とび上ってしまいました。
皆さん、それから私が、つくづくと、ほかにもたくさん寝ていた黒いものを見た時、まあ、どんなにおどろいたか、お察しください。それはみんな、黒い大きな蛇《へび》だったのです。
なお、よくよくあたりを見ますと、ここは、岩のかさなりあった、深い谷底でした。どちらを向いても、びょうぶのようにけわしい山が、そびえていました。そして、岩の間には、このおそろしい蛇よりほか何にもいませんでした。
「ああ、こんなことなら、いっそあの島にいた方が、ましだった。わざわざ、もっとひどい目にあうために、この島へ来たようなものだ。」と、私は泣き泣き、ひとりごとを言いました。
そして、じっと岩を見つめていますと、何だか、きらきらとよく光る石が、そこら一面にちらばっているではありませんか。ふしぎだなと思って、ずっとよって見ると、それがみんな、大へん大きなダイヤモンドでありました。ちょうど小石くらいの大きさのものです。私は、とび上るほどよろこびました。
しかし、すぐに、おそろしい蛇が、私にかみつこうとして、ねらっているのに気がつきましたから、そのよろこびはどこへやら、背中にぞっとさむけがたちました。
蛇は、どれもこれも、大そう大きなものでした。象《ぞう》でも、一口にのみそうなものばかりです。昼間はロックがこわいので、じっとしていても、夜になると、のたりのたりとはいまわって、食べ物をさがすのでした。
私は、日がくれないうちに、岩の中の穴を見つけて、その中にしゃがんで、ふるえながら夜のあけるのを待ちました。そして朝になってから、もう一度、谷へ出て行きました。
さて、これからいったい、どうしたらいいのだろうと、じっとすわって考えていますと、ちょうど目の前へ、ころころと大きな生《なま》の肉のきれが、ころがって落ちてきました。それからまた、同じようなのが落ちてきました。そして、次から次と落ちてきて、見る見るもり上ってしまいました。
この時、私はふと、ある旅行家《りょこうか》から聞いた、ダイヤモンド谷の話を思い出しました。それは、毎年わし[#「わし」に傍点]が卵をかえす時分になると、商人たちが、高い山へのぼって行って、生の肉のきれを、谷底をめがけてころがし落すのでした。すると、谷にちらばっているダイヤモンドが、その肉の中へ、はまりこみます。その肉を、わしがひな[#「ひな」に傍点]にやるために、くわえて帰って来るのです。商人たちは、そこを待ちかまえていて、わしを巣《す》から追い出して、肉の中のダイヤモンドをとるという話であります。
やがて、わしがまいさがって来て、肉のきれをくわえて、とび上ってゆきました。それを見ているうちに、ふとある考えが浮かびました。それで、とてもだめだと思ってしょげていた私は、元気を出しました。
そこで、まずあたりをさがしまわって、なるべく大きそうなダイヤモンドを拾って、ポケットにつめこみました。それからまた、肉の一ばん大きなきれを見つけて、それを、あのずきんで作ったつなで、からだへしっかりと、むすびつけました。わしがまたすぐに、えものを取りにおりて来るだろうと思ったからです。それから、肉のきれの下にもぐって、地面の上へねそべりました。そして、どうなることかと、じっと待っていました。
するとまもなく、わしが、すうーっとおりて来ました。そして、私のからだにむすばれてあった肉をつかんで、さっととび上りました。そして、高い高い山の上の、岩の間の巣の中へ、私を落しこみました。
すると、思った通り、すぐに岩の後《うしろ》から人が出て来て、大きな声でわしを追いたてました。わしは、びっくりして、そのままとび去ってしまいました。
この人は、この巣の番をしている商人で、肉の中のダイヤモンドをさがしに来たのでありましたが、私を見て、びっくりして、後へとびのきました。けれども、すぐに、
「お前さんはここで何をしているんだ。ああわかった。ダイヤモンドをぬすみに来たんだな。」
と、おこりつけました。
しかし、私は、落ちついて、
「まあ、お待ちください。私はけっして、どろぼうではありません。私の話をお聞きになったら、きっと私を、気の毒に思ってくださるでしょう。そして、きっとおとがめにはならないでしょう。それから、お望《のぞ》みのダイヤモンドなら、ここに少し持って来ましたから。」と、言いました。
そこへ、ほかの番をしている商人たちもやって来ました。私はみんなに、今までの、あぶない目にあった話をして聞かせました。商人たちは、私の勇気と、そんなあぶない目からうまくのがれたちえとに、びっくりして、ただただ目を見はっているばかりでした。
それから私は、手にいっぱいダイヤモンドをつかみ出しました。そして、みんなに見せました。みんなは
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