な緊張の中に、軽快に得意に立ち回っている士官があった。それはむろんゼラール中尉である。
 独軍が国境を越えたという報をきいた時の彼の感情は、他の人たちのとは違っていた。むろん彼は、祖国にとって不忠な軍人ではなかった。が、彼は祖国の運命を心配する感情の陰に、自分の意見が適中した快感が潜んでいるのをどうすることもできなかった。しかも望遠鏡のうちにドイツの騎兵の活動が見え出すと、彼の心のうちに憂慮と得意とが妙にこんがらがった。が、彼は周囲の反感を買うのを恐れて、なるべく皆と心配を同じにするような顔をすることに努めた。
 八月の最初の木曜日に、独軍は第一砲弾をリエージュに送った。ポンチスの要塞がまずこれに応戦したが、リエージュの各要塞では二、三日前から実弾射撃演習を始めていたので、いつまでが練習で、いつからが実戦になったのか、ただ砲声をきいている市民には分からなかった。
 ゼラール中尉は、フレロン要塞の第二の砲台を担当していた。それは最も新しい式の隠見《いんけん》砲台であった。遠方から見れば、芝生の大堤防であった。が、内部で軽く電気ボタンを押すと、三つの砲門が一種の唸りを立てながら、堂々たる姿
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