《てい》よく手を引くところであったが、問題が自分たちに本質的に関係しているので、ついつい深入りをしてしまったのである。二人は熱狂して卓を鳴らしながら、政略上から、戦術上から、外交上から、散々に論じ合った。
 傍観者も議論が口で行われる以上、止める気はなかった。で、二時間近くも論戦は続いた。もう二人ともいうことは何も残っていなかった。
 と、平常に似合わず激昂していたガスコアン大尉は、最後に、
「時が証明するのを待とう」と叫んだまますたすたとその室を出ていった。
「むろん! お互いにさ」とゼラール中尉の激しい声が、ガスコアン大尉を追っていった。その翌日も翌日も二人は挨拶もしなかった。
 八月一日、ドイツがフランスに向って宣戦し、仏露がこれに応じた。大仕掛の殺人事業の序幕が開かれたのである。
 ベルギーを衝くか衝かぬかは、ベルギーにとっては死活の問題であった。人々は皆独帝の剣《つるぎ》が、他を指すことを心ひそかに祈っていた。ただベルギー人の中でゼラール中尉一人だけは、独軍の国境突破の報を今か今かと待ち受けていた。
 八月三日の日にゼラール中尉の期待がかなえられた。
 白独の国境からリエージ
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