とは出来ませんでしょうか。
まあ、こう云ったような意味が、それはそれは長たらしい文句で書いてあったのです」
[#ここで字下げ終わり]
「それでお祖母様も、到頭お会いになった訳ですね」と、私が聞きますと、祖母はうっとりと、昔を思い出したような眼附をしながら、
「会ったことは会ったのです。向うも、やっぱり私の心持が、少しは分ったと見え、芝居茶屋の二階へ舞台姿の維盛卿でやって来たのです。私は蒼黒《あおぐろ》い頬《ほお》のすぼんだ小男の染之助の代りに、美しい維盛卿と逢ったのだから、先方が神妙に控えている中《うち》は好かったけれど、その維盛卿が私の前で手を突いて、何かクドクドと泣いたり口説いたりするのを聞いていると、維盛卿の姿の下から、あの馬道であった、染之助の卑しい姿が覗《のぞ》いているような気がして、真身に相手になってやる気は、どうしても起らないので、私はいい加減に切り上げて帰ったが、先方ではヒドク落胆していたようだったがね」
「それから、どうなりました」私は話の結末を聞こうと思いました。
「それきりでした。京へ行ってからはどうなったか、丸きり消息はありませんでした。尤《もっと》も御維新のド
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