ある恋の話
菊池寛
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蔵前《くらまえ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)督促|除《よ》け
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)気さく[#「さく」に傍点]
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私の妻の祖母は――と云って、もう三四年前に死んだ人ですが――蔵前《くらまえ》の札差《ふださし》で、名字帯刀御免《みょうじたいとうごめん》で可なり幅を利《き》かせた山長――略さないで云えば、山城《やましろ》屋長兵衛の一人娘でした。何しろ蔵前の札差で山長と云えば、今で云うと、政府の御用商人で二三百万円の財産を擁しておろうと云う、錚々《そうそう》たる実業家に当る位置ですから、その一人娘の――尤《もっと》も男の子は二人あったそうです。――祖母が、小さい時からお乳母日傘《んばひがらかさ》で大きくなったのは申すまでもありません、祖母の小さい時の、記憶の一つだと云う事ですが、お正月か何かの宮参りに履《は》いた木履《ぽっくり》は、朱塗の金蒔絵《きんまきえ》模様に金の鈴の付いたものでしたが、おまけにその木履の胴が刳貫《くりぬき》になって
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