ぬかと思うと、今まで自分の眼の前にあった華《はな》やかなまぼろし[#「まぼろし」に傍点]が、一度に奪い去られるような淋しさを感じました。が、その噂は、時が経つに連れて本当だと云うことが分りました。
 私は、お名残だと思ったものですから、その興行は、二日|隔《お》き位に足|繁《しげ》く通いました。その時の狂言は、義経千本桜《よしつねせんぼんざくら》で、染之助はすし屋の場で、弥助――実は平維盛《たいらのこれもり》卿になっていました。私は、あの召使に身を窶《やつ》しながらも、溢《あふ》れるような品位を持った維盛卿の姿を、どれほど懐しく見守ったことでしょう。私は、維盛卿に恋をするすし屋の娘をどれほど、羨《うらやま》しく思ったでしょう。しかも、私はこの維盛卿が、私の眼に写る染之助の最後の姿だと思うと、更に懐しさが胸に一杯になるのでした。
 ところが、この狂言が段々千秋楽に近づく頃でした。染之助の舞台姿に別れる私の悲しさが、段々私の小さい胸に、ひしひしと堪《こた》えて来る頃でした。私がある日、すし屋の幕が終ると、支度もそこそこに帰りかけると少しも顔馴染のない役者の男衆らしい男が、私を追っかけて来て
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