の内で、いい賭場《とば》が開いていますぜ』と云うじゃありませんか。これで見ると、染之助という男は、こんな男を相手に賭博《とばく》を打つような身持の悪い男だと分りました。私は、悪夢が醒めたような心持で、怖しいもの汚らわしいものから、逃《のが》れるように逃げ帰ったのです」
「まあ、それでよかった。もし、お祖母さんが、そんな役者に騙《だま》されでもしたら、綾子なんかはどうなっていたかも分らない」と、私はホッとしたように云いました。
「ところが、まだ後日|譚《ものがたり》があるのですよ。……その日、私は家へ帰ってから、つくづく考えたのです。私が恋しいと思っていたのは、染之助と云うような役者ではなく、染之助が扮《ふん》している三浦之介とか勝頼とか、重次郎とか、維盛《これもり》とか、ああした今の世には生きていない、美しい凛々《りり》しい人達ではなかったかと、そう思うと、我ながら合点が行ったように思うのでした。お祖父さんに、散々|苛《いじ》められて世の中の男が、嫌《いや》になった私は、そう云う舞台の上に出て来る、昔の美しい男達を恋していたのかも分らなかったのよ。私は、そう思うと、素顔の染之助の姿が堪
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