が、急に醒《さ》めてしまったから可笑《おか》しいのですよ。その日も、私はたった一人、娘も連れずに守田座へ行った帰り少し遅くなったので、あの馬道《うまみち》の通りを、急いで帰って来たのですよ、すると、擦《す》れ違った町娘が『あら染之助が来るよ』と、云うじゃないか。私は、その声を聞くと、もう胸がどきどきして、自分の足が地を踏んでいるのさえ分らない程に、逆上《のぼ》せてしまったのですよ。それでも、こんな機を外《はず》しては、又見る時はないと思ったから、一生懸命な心持で、振返って見ましたよ。ところが、私の直ぐ後に、色の蒼《あお》ざめたと云っても、少しどす黒い頬《ほお》のすぼんだ、皮膚のカラカラした小男が歩いて来るじゃないか、私はこんな男が、あの美しいおっとりとした染之助ではよもあるまいと思って、その男の周囲を探して見たけれども、その男の外には、樽《たる》拾いのような小僧と、十七八の娘風の女とが、歩いて来るばかりで、染之助らしい年配の男は、眼に付かないのですよ。私は、染之助の事ばかりを考えていたので、娘の言葉を聞き違えたのであろうと、内心恥しくなったけれど、念のためだと思ったから、その色の蒼い小
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