供を召使いに預けて、自分一人で毎日のように出かけて行くようになりました。そうなって来ると、今までは何とも思わなかった自分の美しいと云う評判が、嬉《うれ》しく思われて来たのです。何だか容貌《きりょう》自慢のようですが」と、祖母は、一寸言葉を澱《よど》ませました。私はそう云う祖母の顔を見ながら、二十四五の女盛りの祖母を想像してみました。すると、私の眼の前の老女の姿は、忽《たちま》ちに消えてしまって、清長《きよなが》の美人画から抜け出して来たような、水もたるるような妖艶《ようえん》な、町女房の姿が頭の中に歴々《ありあり》と浮びました。
「その頃まで、自分が美しいと云う噂《うわさ》を聞いても、少しも嬉しいとは思わなかったが、その頃から、自分が美しく生れたことを欣《よろこ》ぶような心になって来たのです。まあ、染之助に近づく唯一つの望みは、自分の容貌だと思ったものですからね」
「ところがね」と、祖母は急に快活らしい声に変ったかと思うと、「染之助の素顔を、一度でもいいから見たい見たいと思っていた願が叶《かな》って、外ながら染之助の素顔を見たのですよ。ところが、その素顔を一目見ると、私の三月位続いた恋
前へ
次へ
全33ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング