非常線を張りましたから、犯人は案外早く上るかも知れません」と、云いました。が、私は姉夫婦を殺された無念と悲しみとで一刻もじっとして居られんように思いました。が、何をしてよいのかどう行動してよいのか丸切り夢中で、ただ異常に興奮するばかりでした。私は息をはずませながら、
「犯人は強盗ですか、それとも遺恨ですか」と、訊きました。
「いやまだ判りませんが、多分は強盗でしょう。長生郡《ちょうせいぐん》と遣口《やりくち》が、同じだとか云って居ましたよ」と、刑事は答えました。私は、そう答える刑事の職業的な冷淡さが、癪に触るようにさえ思いました。姉夫婦が、悲惨な最期を遂げたのも、つまりは千葉県警察の怠慢であるように思いまして、私は此の刑事を頭から罵倒してやりたいようないらいらした気持をさえ感じました。その時、私の父は、近所の俥屋《くるまや》を起したと見え綱引で馳付けて来ました。私は、父の顔を見ると、一旦止まって居た涙が再び流れ出るのを感じました。父は、私の顔を見ると、しゃがれた声で、
「どうだ、おとしには怪我はないか」と、申しました。それには、子を思う親の慈愛が、一杯に溢れて居ました。私は、父の言葉を
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