聴くと、胸が閉《ふさ》がって言葉が出ないのです。
「どうだい。一郎もおとしも怪我はないのかい」と、訊き直しました。私はすすり泣きながら、
「姉さんも、兄さんも、やられた」と、云いました。父は遉に声を立てませんでした。老眼をしばたたきながら、黙って家の中へはいって行きました。私が父の後から引返して見ますと、父は姉の屍体を半ば抱き起しながら、
「おとしおとし」と、背中を力強く叩いて居りました。が、そんな事で姉が蘇《よみがえ》る筈もありませんでした。父は、姉の屍体を放すと義兄の屍体を抱き上げながら、
「一郎一郎」と、同じように背中を叩いて見ました。が、兄の唇はもう紫色に変って居ました。父は、スゴスゴと立ち上ると老眼をしばたたきながら、
「おのれ! 酷いことをしやがる。酷いことをしやがる」と、云うかと思うと、瘠《や》せた右の手の甲で老顔を幾度もこすりました。私は父の悲憤を眼にしますと、再び胸のうちが湧き返るような激怒を感じました。
「俺は、諦めるが、お信はどう思うだろう」と云いました。そう云うのを聴くと、私は家に残って最愛の娘の安否を気遣って居る老年の母を思わずには居られませんでした。母がどん
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