ある抗議書
菊池寛

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)角野一郎《すみのいちろう》夫妻

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その頃|痼疾《こしつ》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)むごい[#「むごい」に傍点]
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 司法大臣閣下。
 少しの御面識もない無名の私から、突然かかる書状を、差上げる無礼をお許し下さい。私は大正三年五月二十一日千葉県千葉町の郊外で、兇悪無残な強盗の為に惨殺されました角野一郎《すみのいちろう》夫妻の肉親のものでございます。即ち一郎妻とし子の実弟であります。私の姉夫婦の悲惨な最期は、当時東京の各新聞にも精《くわ》しく報道されましたから、『千葉町の夫婦殺し』なる事件は、閣下の御記憶の中にも残って居ることと存じます。私は肉親の姉が受けた悲惨な運命を、回想する度ごとに、今でも心身を襲う戦慄を抑えることは出来ません。人間の女性の中で姉ほどむごい[#「むごい」に傍点]死方、否殺され方をした者はないと思いますと、私は今でも胸の中が掻き廻わされるように思います。私は、当時の色々な記憶を頭の中に浮べるこ
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