をかけて、号泣しようと思いました時、私はふと義兄の安否を思いました。私が目を上げて室内を見廻すと、縁側へ面する障子が開いて居る事に気が付きました。丁度六畳間に足だけを置いて、身体の大部分を縁側の上に投げ出して寝そべって居るのは、義兄に違いありません。私は、姉の屍体を捨てて義兄の方へ駈け寄りました。が、両手を後手に縛られた義兄は、姉と同じように絞殺されたと見え刮《みひら》いた眼に死際の苦悶を見せながら、もう全身は冷たくなりかけて居ました。私は、その後手に縛られた両手を見ました時、腸《はらわた》を切り苛《さいな》むような憤と共に、涙が、――腹の底から湧き出すような涙が、潸々《さんさん》として流れ出ました。私は、狂気のように家から飛び出すと其処に居た刑事に、「誰が殺したのです。犯人は犯人は」と、叫びかけました。刑事には、私が狂乱したようにも見えたでしょう。私は、まだ右の手から離して居なかった樫の棒を握りしめながら、此の刑事にでも飛びかかりそうな気勢を示しました。刑事は、遉《さすが》に気の毒に思ったのでしょう。
「いやお察し申します。先刻見えました警部さんなども、大変気の毒がって居たようです。
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