獄後直ちに罪を犯したばかりではなく、僅か六ヶ月の間を置いて、私の姉夫婦を殺したのです。坂下鶴吉は、その夜のことを次の様に申して居ります。『二十一日の夜ある家へ忍び込みて、家人を縛りまして細君に金を出せと脅迫いたして居りますと、主人が盗賊盗賊《どろぼうどろぼう》と、大声を発しますから、隣の人に聞えては悪いと思いまして、その場にあり合せたる手拭にて首を締めるのを、細君が見て居りまして、細君が精一杯の大声を発して人殺しと呼びましたから、又其の場に在り合わせた細帯にて遂に二人共殺してしまいました。目の前に夫が締め殺されるのを見て居る細君の心持はどんなに恐ろしく思われたでしょう』と、呑気《のんき》な事を書いてあります。此の犯行の後を見ますと、此の男に人間らしい処が何処にあるのです。而かも、此の男でも、監獄では善行を為し得るのです。私は、こうした男の刑期を、監獄内の善行なるものに依って、短縮した当局者の不明を痛嘆するのですが、然しそれはそれとして置いて、坂下鶴吉の善行がこの程度の善行であった如く、彼の監獄内の信仰なるものも、やっぱりこうした種類の信仰ではなかったかと思うのです。彼が、善行|遊戯《ご
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