すかな慄えをさえ感じました。玄関へ取って返して来ますと、そこに父と母とが寝衣のままに立って居ました。母はもうスッカリ慄えを帯びた声で、
「どうしたのどうしたの」と、オズオズ訊きました。私が、
「姉さんの家へ強盗が、はいったんです」と、云いますと、母は、
「ひえ!」と、云ったまま父の肩にすがり付きながら、ガタガタ慄え出しました。気丈な父は、遉《さすが》に色も更《か》えずに、
「走って行け。すぐ行け。わしもすぐ後から行くから」と、申しました。私は慄える手で、衣服を着換えると、用心の為に台所にありました樫の棒を持って家を駈け出しました。振りかえると母は最愛の娘を襲った変事の為に烈しい激動《ショック》を受けたらしく、口もろくろく利けないように目をパチパチさせながら、玄関に腰をかけたまま慄え続けて居たようでありました。
私の家から、姉の家迄は十五町位隔って居りました。千葉の町を離れて田圃《たんぼ》の中の道を十町ばかり行くと、松林が道の両側にあって、その松林を過ぎると、姉の家を初め、二、三軒の家が並んで居ました。私はその十五町の道を後で考えれば十分位で駈け付けたと思いますが、その夜はその歩き馴れ
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