りました。私の家の表戸を割れるように烈しく乱打するものがありました。私が驚いて戸を細目に明けますと、警察署の印の付いた提灯が眼に付きました。私は巡査か、でなければ探偵だと思いましたので、何事が起ったのかと胸をとどろかせました。が、その男は巡査でもなく探偵でもなく法被《はっぴ》を着た警察の小使らしい男なのです。その男は私の戸を開けるのも待たず、息をはずませながら、
「此方は、角野さんの御親類でしょう。今角野さんの御宅が大変なのです。すぐ誰か来て下さるように……」と、云いながら、その男は、スタスタと駈け出そうとしましたので、私は追い縋るように、
「大変って、一体どうしたのです。どうしたのです」と、訊き返しました。後から考えますと、小使は姉夫婦が殺されたことは、知って居たのでしょうが、そうした怖ろしい惨事を、自分の口で知らせると云う嫌な仕事を避けたのでしょう。
「なんでも強盗が、はいったと云う事ですが、私は精《くわ》しいことは知りません。何しろ、早う来て下さるようにとの事でした」と、云いながらドンドン帰って行きました。私は強盗と云う言葉を聴くとある怖ろしい予感に胸を閉ざされてしまって両足にか
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