。私は数学的な数の点からだけ云うのではありません。坂下鶴吉が宣告の日から、処刑の日迄、獄中でどんなに苦悶しても、彼の為に苦しんで居る数多くの人達の感情の十分の一をも、償うことは出来ますまい。殊に、不当に絞殺され不当に斬殺された被害者達の末期の無念と苦悶との百分の一をも償うには足りますまい。従って私は、坂下鶴吉の如き重悪人に、死刑以上の刑罰を課し得ないと云うが如きは、司法制度に於ける文明主義の欠陥でないかと思うのです。何等の理由もなく、責任もなく、何等の予期もなく、不当に不意に強盗に惨殺される被害者の断末魔のやるせない心外さ、限りなき苦痛、燃ゆるような無念を考うれば、死刑囚の苦しみの如き、余りに軽すぎると思います。自分の犯せる罪悪の為に、殺されるのですもの、其処には充分の諦めも付き、覚悟も定るだろうと思います。
 が、現代の刑法の下には、私達は坂下鶴吉の死刑を以て、満足せざるを得なかったのであります。従って、私は死刑囚の苦痛と云うことを色々に、想像してやっと姉夫婦の惨死に対する無念を晴すことにして居ました。
 どんなに兇悪な人間でも、国家の鉄の如き腕に依って禁獄され、不可抗力の死を宣告さ
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