。
あの公判延の被告箱の中に、傲然として起立して居る男を見ました時、私は姉夫婦の惨死の光景を見た時と同じような戦慄を感ぜずには居られませんでした。骨組の如何にも逞《たくま》しい身体、眼は血走って眉毛は飽く迄も濃く、穢悪《あいあく》な大きな低い鼻と云い、太く横に走った唇と云い、人間の獰猛な獣性が、身体全体に溢れて居るような男でありました。こんな男の手にかかっては、あのかよわい姉夫婦は一溜りもなかったのも無理はないと思いました。
が、遉に獰悪《どうあく》らしいこの男も、裁判長の厳かな死刑の云い渡しを受けると、顔の色をサッと易《か》えて、頭を低くうなだれました。私は、正当な刑罰が、否彼の犯した罪悪に比ぶれば軽過るが、然《しか》し現在の刑法では極刑に当る刑罰が宣告され、その男が刑罰に対する、相当な恐怖を感じた時、私は初めて、私の限りなき憤忿の心が和らげられたのを感じました。が、私の本当の感情から云えば、まだまだ之位の事では、私の憤や恨は充分に晴らされたとは思いませんでした。
私は死刑と云うことが、かかる場合に充分な刑罰であるか、どうかを考えて見ました。此の坂下鶴吉は、私の姉夫婦を加えて、
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