の犯人捕わる』と、各新聞は報道しましたが、彼は此の事件ばかりの犯人ではありませんでした。新聞紙の報ずるだけでも、彼は十指に余る人間の命を絶ち、多くの子女の貞操を蹂躙《じゅうりん》し、数多《あまた》の良民をして無念の涙に咽《むせ》ばせて居るのでした。
 父は、犯人逮捕の通知を、警察署から受けると久し振に晴々しく笑いました。そして、
「之でおとしも、お信も浮ばれるわい」と、申して非業に倒れた娘と、悲嘆に死した妻とを弔うて居りました。その夜は、仏壇に燈明《とうみょう》を灯して、姉と母との霊に、犯人逮捕の欣《よろこ》びを告げました。
 私は、初て現代の日本の警察制度に感謝しました。そして、天網疎にして洩さずと云う古い言葉にも、深い人間の世の摂理を知ったように思いました。
 私達が坂下鶴吉の公判の経過に至大の注意を払ったのは、勿論でありました。が、遉に恐ろしい悪党であるだけに、諦めもよいと見え、地方裁判所で死刑の宣告を受けると、控訴もしないで、大人しく服罪しました。その判決のある日でありました。私は、私達の一家の運命に、残虐な打撃を与えたその男の顔を、一目見たいと思って、わざわざ傍聴に参りました
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